『ちゃんぷるー』

本作は、2016年に執筆した『ちゃんぷるー〜私が幽霊!? 修学旅行〜』を2024年に鹿児島県 伊佐市 大口明光学園演劇部の公演のために書き直したものです。

登場人物・場面ともに多い台本ですが、実際の公演では5人の中高生によって演じられ、セットはひな壇と平台2枚、椅子10脚と長机2つのみで転換を用いず、衣装も役の変化に合わせて小道具を何か一つ身につける、というような形で行いました。音響効果は用いましたが、照明効果は用いておりません。

上演時間…約60分

登場人物

麻生(あそう)(か)蓮(かれん)…14歳

新垣(あらがき)キク…15歳

中山(なかやま)(あい)梨(あいり)(り)…14歳

久留(ひさどめ)(や)白(やしろ)…14歳

花山剛(つよし)14歳

宮城(みやぎ)ミツ…15歳

他に

生徒たち、佐藤先生、ガイド、解説員、軍医、負傷兵、ジンベエザメ、スマホなど 

場割り

  • 那覇(なは)空港(くうこう)
  • 首里(しゅり)(じょう)
  • ビジネスホテル1
  • ひめゆり平和祈念資料館
  • (ちゅ)(ら)(うみ)水族館
  • むら(むら)(さき)(むら)
  • ビジネスホテル2
  • キクの記憶
  • 意識の世界
  • ビジネスホテル3
  • 伊原(いはら)第一(だいいち)外科(げか)(ごう)


那覇空港

     生徒たち登場。

生徒       せえーのっ

生徒(全員)      沖縄じょーりーく。

生徒       やば。あっつ。

生徒       なんかモワッとしてるモワッと。

生徒       なんで?クーラー効いてて涼しいじゃん?

生徒       あ、ほんとだ。

生徒       冷めること言うな。こーゆーのは気分が大事なんだよ気分が。

生徒       だってここまだ空港だし。

生徒       荷物まだー?

生徒       あ。シーサー。

生徒(男子)      どこどこどこ?

生徒       ほら。あのポスター。

生徒       ポスターかよ。

生徒       ちょっと男子うるさい。

生徒           はあ?うるせえのは女子だろ。

生徒           ちょっとみんな下見ろ。那覇空港の点字ブロック茶色だぜ。

生徒      いやこれ絨毯だろ。

生徒(男子)      すげえ~

生徒(女子)      男子消えろ。

生徒(男子)女子死ね。

     生徒たち、荷物を背負うと役になっている。

夜白       あ~おみやげ買いてえ~

華蓮       え?いきなり?

夜白       なにがいきなり?

剛               いや、まだどこも行ってないし。

夜白       どっか行くんだっけ?

剛          行くだろ修学旅行だぞ。

愛梨       首里城。

生徒   ひめゆり。

剛          美ら海(ちゅらうみ)水族館。

夜白       そういうの興味ない。

愛梨       え?じゃあ夜白くん、何しに来たの?

夜白       おみやげ買いに。

     佐藤先生、登場。

佐藤       みんな荷物取ったか~?

生徒達   はーい。

佐藤       じゃあ揃った班からロビー集合。

     生徒たち、退場。

     華蓮と愛梨が残る。

佐藤       どうした麻生(あそう)?

華蓮       いや、私じゃないし。

佐藤       中山か。荷物出てこないのか。

中山       出てきたんですけどまた行っちゃって。

佐藤       じゃ先生、先にロビー出てるから。(行こうとする)

華蓮       (ついていく)

佐藤       お前は一緒にいるだろう。

華蓮       えー?

佐藤       「えー?」じゃない。班行動。

     佐藤、退場。

     華蓮と愛梨、荷物が出てくるの待つ。

     なかなか出てこない。華蓮、イライラしてくる。

愛梨       華蓮ちゃんごめんね。私のせいで。

華蓮       麻生。

愛梨       え?

華蓮       名字で呼んで。私も中山さんでいくし。

愛梨       でもせっかく同じ班になったことだし。

華蓮       好きでなったんじゃねーよ。

     荷物、出てこない。

愛梨       最後の日の自由行動だけど。そろそろどうするか決めないと。

華蓮       別に一緒に行動しなくていいんじゃない?自由行動なんだし。

愛梨       でも班行動だって先生が。

華蓮       うっざ。

愛梨           私、珊瑚のアクセサリー作りとかしたいんだけど。

華蓮           反対。

愛梨           じゃあ紅型(びんがた)染体験は?

華蓮           反対。

愛梨           Tシャツ作り。

華蓮           反対。

愛梨           どうしよう。これじゃ思い出作れない。

華蓮           思い出なんかいらねーよ。

     荷物、出てこない。

愛梨           あの華蓮ちゃん。

華蓮           だから名前で呼ぶなって。

愛梨           持ってた。

華蓮           え?

愛梨           私、荷物持ってた。(背負っていた)

華蓮           「五月二十三日。私の修学旅行はこうしてスタートしました。」

     ガイドが登場。

首里城

ガイド       めんそ~れ~。はい、みなさん。首里城の名所守礼門(しゅれいもん)ですよ。この門は様々な人々が通り抜けてきた門なんですよー。中国の皇帝のお使いさんとかですね。江戸時代沖縄に攻め込んできた薩摩軍とかですね。それからペリー。黒船で有名なペリーもね。浦賀に向かう前にこの沖縄に立ち寄ってたんですよ。

愛梨           え?ガイドさん。じゃあペリーもこの門をくぐったってことですか?

ガイド       はい焼ける前の守礼門ですけどね。

愛梨           それってもしかして前の火事の…

ガイド       いや、2019年の火災では、守礼門は無事でした。この守礼門が焼けてしまったのは、1945年のことです。

愛梨           1945年ってもしかして

ガイド       太平洋戦争です。この首里は沖縄戦の激戦地でした。このあたりの建物は戦争でみんな焼けています。この守礼門は戦争が終わってから建て直したレプリカなんですよ。はい。ではくぐっていきましょーね―。

愛梨           はーい。

華蓮           ちょっと中山さん。

愛梨       なに?

華蓮       空気読んで。

愛梨       なんのこと?

華蓮       前行き過ぎ。

愛梨       あ、ごめん。私話してるとだんだんその人に近寄っちゃう癖があって。

華蓮       なにその癖。とにかく気を付けて。みんな見てるから。

愛梨       え?それは別にいいんだけど。

華蓮           良くないよ。私も一緒に見られるんだから。

愛梨           分かった。気を付けます。

ガイド       先進んでますよー。早くきてくださーい。

愛梨           はーい。

     二人、退場。

     華蓮の回想。女子達の会話。

女子           なんかさ。華蓮ちゃんの笑顔ってビミョーじゃない?

女子           ビミョー。目が笑ってないっていうか。

女子           そうそうそう。口は笑ってるのに目が笑ってないの。

女子達       こわ~い。

女子           あ。

     華蓮、登場。

女子           あのね。修学旅行の班決めだけど、私たち三人班でいこうって話してたんだ。

華蓮           え?一緒になろうって話してたよね。

女子           でもまあそういうことっす。

華蓮           ちょっと待ってよ。

女子           だって華蓮ちゃん。私たちといても楽しくないんでしょ。

華蓮           なんで?楽しいよ。

女子           だって目が笑ってないじゃん。

女子達       目が笑ってないじゃん。

     回想終わり。

     愛梨が登場し、日記をつけている。

ビジネスホテル

愛梨           「五月二十三日。火災で焼けてしまった首里城を見学しました。建設中の正殿(せいでん)の屋根の上には、シャチホコではなく龍が飾られるみたいで、まるで中国のお城みたいでした。でも、唐玻豊(からはふう)と呼ばれる屋根の作りは、日本の宮大工さんの技法を使っているということで、これは琉球王国が日本と中国どちらにも礼を尽くしますが、どちらからも独立した国家ですよという無言のアピールだったという事です。」

     華蓮も日記をつけている。

華蓮           「首里城に行きました。守礼門を見ました。再建がんばって欲しいです。」

愛梨           華蓮ちゃん。

華蓮           (にらむ)

愛梨           (言い直す)麻生さん。どんな事書いたの?

華蓮           てきとー

愛梨           首里城すごかったね! 最初は焼けちゃったとこ見てどうするのかなあ〜って心配してたけど、作ってるところ見せてくれてなんか得しちゃったね。

華蓮       別に。

愛梨           明日はひめゆり平和祈念資料館だね。私ちょっと怖いな。ああいう場所では体調崩しちゃう人いるっていうし。麻生さんは大丈夫?そういうの。

華蓮           何が?

愛梨           霊感とか強い方?

華蓮           別に。っていうかちょっと。

愛梨           何?

華蓮           近い。

愛梨           あ、ごめん。

華蓮           お風呂入ったら? お湯貯めたんでしょ?

愛梨           華蓮ちゃん…じゃなくて麻生さん先にいいよ。

華蓮           (促す)

愛梨           じゃあ先いただきま〜す。

     愛梨、お風呂へ。

     華蓮、愛梨が出ていったのを確認してスマホを音声操作する。

華蓮       えがお。スペース。つくりかた。

     突然、歌とともにスマホの画面が立ち上がる。(スマホは俳優が演じる)

スマホ   for me ビューティー♪

    ビミョーな笑顔は卒業♪

    あなたの人生180度変わる♪

自然な笑顔♪

    はーい。自然な笑顔のつもりでも、人から「笑顔がビミョー」なんて言われることはありませんか?そこで今回は、普段から自然な笑顔を作るための方法をお教えします!まずは口角アップで笑顔力アップ!笑顔の一番のポイントといえば口角。では早速トレーニング。口角をあげて5秒キープ。

華蓮、言うとおりにする。

スマ           1,2,3,4,5。ではそのまま大きく笑う。はっはっは。

華蓮           はっはっは。

スマホ       次は三日月目。笑顔の時の目は、三日月を寝かせた形にするのがベスト。では目を細めて。目じりを下げて。その状態ではっはっは。

華蓮           はっはっは。

スマホ       不自然ですね~。そんなんじゃ「目が笑ってない」って言われちゃうぞ。

華蓮       え?ダメダメダメ。やるから。ちゃんとやるから。

スマホ       じゃあ割りばし出して。

華蓮           ワリバシ!?

     スマホの助手が割り箸を華蓮に渡す。

             華蓮、割り箸を口に挟む。

スマホ       その状態ではっはっは。

華蓮           はっはっは。

スマホ       はっはっは。

華蓮           はっはっは。

スマホ       はっはっは。

華蓮           はっはっは。

     愛梨、登場。

愛梨       なにしてるの?

華蓮       ハッ!

華蓮、スマホを切って体裁を繕う。

華蓮       もう出たの?

愛梨       うん。麻生さんもどうぞ。

華蓮           私シャワーだから朝でいい。じゃあもう寝よっか。

愛梨       もう?まだ九時なのに。

華蓮           することないでしょ。

愛梨           え? じゃあ、電気だけ消してお喋りとかしちゃう?

華蓮       あ、ごめんだけど私趣味合わない人とお喋りしないんだ。

愛梨       え?麻生さん趣味あるの?何?

華蓮       そういうのが趣味合わないって言うんだよ。

愛梨       …そっか。

華蓮       おやすみ。

華蓮、布団に入る。

愛梨       麻生さん…私と同じ班になったこと後悔してる?

華蓮       ……。

愛梨       私うざいよね。ごめんなさい。

華蓮       なんで中山さんが謝んの?

愛梨       ごめん…。

     佐藤先生、登場。

ひめゆり平和祈念資料館

佐藤           バスから降りたらダラダラしない。まだ喋ってる人がいます。喋ってる人がいなくなるまで先生いつまでもこうして待ってますよ。はい。ここがひめゆりの塔です。戦争では、ここでみんなと同い年くらいの子達がたくさん亡くなりました。黙祷しましょう。

     黙祷。

華蓮           「五月二十四日。修学旅行二日目。ひめゆりの塔で黙祷をしました。私は何を考えていたんだろう。」

     黙祷終わり。

佐藤           はい。今、みんなの心には、様々なな思いが生まれていると思います。それを大切にするように。それでは、これから平和祈念資料館の展示室を回ります。

     佐藤、愛梨、華蓮 展示ブースへ。

華蓮           「展示室には、戦争の年表やガマと呼ばれる洞窟型の大きな模型がありました。その先の部屋には戦争で死んでいった女の子たちの写真が飾られていました。」

     佐藤、愛梨退場。華蓮、写真を見る。一枚の写真の前で足を止める。

     キク、登場。

華蓮           「その写真は少し変でした。何が変って、その写真に写った女の子が、白い歯を見せてにっこり笑っていたからです。」新垣(あらがき)キク。十五歳。シロツメクサが好きだった。なにこれ…

キク       スカート。白い靴下。いい匂い。いいなあ。

華蓮       え?

キク       私も修学旅行行ってみたいなあ。

華蓮       誰?

キク       え?私の声が聞こえてる?

華蓮       なになになに? なんなの?

キク       聞こえるのね!

華蓮       ちょっと待ってよ。

     逃げ出す華蓮。

キク           待って。行かないで。

華蓮           いや。来ないで。

キク           私の声が届いた。誰にも届かなかったのに。

華蓮           あっち行って!

キク           誰にも。誰にも届かなかったのに!

華蓮           やめて!

声              違う。私はただ!

     華蓮、必死に逃げ回り、外に出る。

     無我夢中で行きついた先は、伊原(いはら)第一外科壕跡。シロツメクサが咲いている。

華蓮           はあはあはあ…。シロツメクサ…(碑を読む)伊原(いはら)第一外科壕跡?

キク           そう。ここが伊原第一外科壕。ここで私…

     声が華蓮の中に入って来る。

     意識を失い倒れる華蓮。起き上がると、別人のようになっている。

華蓮           …まぶしい。…スカート。白い靴下。いい匂い…私、生きてる!

     華蓮、退場。

     所変わって資料館前のお土産屋。

     夜白と剛、少し遅れて2つのジュースを持った愛梨が登場。

夜白       おみやげ買ったぞー

剛          おみやげ買ったぞー

     二人、Tシャツを見せ合う。愛梨はジュースを二つ持って遅れて登場。

剛          「島人(しまんちゅ)」

夜白       「海人(うみんちゅ)」

剛          「なんくるないさ〜」

夜白       「あきじゃびよ」

剛          「オリオンビール」

夜白       「お〜い泡盛」

剛          「ハブに注意」

夜白       「ほめられて伸びるタイプです」

剛          それ沖縄関係ないよね?

夜白       気づかなかった!

剛          気づいてた!

夜白       教えろよ!

剛          ポーン。夜白伝説新規ファイル保存。

愛梨       (突然叫ぶ)どうして?

二人       (驚く)

愛梨           どうして班行動してくれないの?どうして一人で行っちゃうの?私と一緒なのがそんなに嫌なの?

夜白           なんだよいきなり。

愛梨           どうして?なんで? そりゃあ私空気読めないよ。展示室の資料ずっと読んでたよ。でも先行きたいなら行きたいで、声くらいかけてくれてもいいんじゃないかな?私だって一緒におみやげ選んだりしたいよ。ジュースも一緒に飲みたいよ。でも氷溶けちゃったの!

剛              何の話?

愛梨           華蓮ちゃん!

剛              なんだ女のもめ事か。

夜白       いこーぜ。

     夜白と剛、退場。

     華蓮、登場。

愛梨       あ!華蓮ちゃん!

華蓮       え?

愛梨       あ〜違う。麻生さん!

華蓮       あそうかれん?…この子のことかな。あのう、私ってどなたでしたっけ?

愛梨       へ?

華蓮       いやそのちょっと…走ってたら忘れてしまって。

愛梨       麻生華蓮でしょ!

華蓮       あ〜そうそう。麻生華蓮でした。麻生華蓮。麻生華蓮。

愛梨       もう!どこ行ってたの?

華蓮       ちょっと待って。あなたは?

愛梨       私?私は資料館出て華蓮ちゃん探して…

華蓮       そうじゃなくてお名前。

愛梨       ひどい。まだ覚えてくれてないの?

華蓮       違うの。今記憶喪失気味で。

愛梨       中山。

華蓮       下のお名前は?

愛梨       愛梨。

華蓮       愛梨! 素敵なお名前。よろしくね。愛梨ちゃん!

愛梨       え?あ、うん。よろしく。

華蓮       ねえ、見て。

     華蓮、その場でひらっと回ってスカートをなびかせる。

華蓮       スカート。白い靴下。いい匂い。あれ?愛梨ちゃん何それ?

愛梨       グアバジュース。麻生さんと一緒に飲もうと思って買ったの。

華蓮       え?私のために?ありがとうー

愛梨       あ〜。氷解けちゃったから美味しくないよ。

華蓮       (飲んで)おいしい!

愛梨       え?本当?

華蓮       こんなにおいしいもの私生まれて初めて。

愛梨       そんな大げさな。(飲む)おいしい!

華蓮       ねえ愛梨ちゃん。その麻生さんって言うのなんだか嫌だわ。名前で呼んで。

愛梨       え?いいの?…華蓮ちゃん。

華蓮       ハイ!

愛梨       華蓮ちゃん。

華蓮       ハイ!

愛梨           いや、華蓮ちゃん、なんか変。その…別人みたい。

華蓮           え?(取り繕って)もう。冗談。私、実は愛梨ちゃんに遠慮してたのよ。

愛梨           え?そうだったの?うざかったんじゃなくて?

華蓮           うざいってなあに?

愛梨           え?いや、だって、私のことみんな嫌いだから。

華蓮           どうしてそんなこと言うの? 私は愛梨ちゃん大好きよ。

愛梨           本当?

華蓮           うん!

愛梨           ありがとう。

華蓮           そんなことより時間がもったいないわ。何かしましょうよ。

愛梨       え? じゃ、じゃあおみやげとか見ちゃう?

華蓮       素敵。行きましょう。

     華蓮と愛梨、おみやげやに入る。

華蓮       うわあ。お菓子がいっぱい。

愛梨           これが噂のちんすこうか。(食べる)

華蓮       愛梨ちゃんダメよ。勝手に食べちゃ。

愛梨       平気だよ。試食だもん。

華蓮       シショク?

愛梨       うん。(食べながら)ちんすこうってこういう味なんだ。

華蓮       え?じゃあ、私も食べていいの?

声          何してる。遠慮しないで早く食べなさい。

華蓮       どなた?

愛梨       お店のおばあちゃんだよ。

華蓮       なんだおばあか。いただきま〜す!

     華蓮、食べる。驚きの表情。

愛梨       え?変な味した?

華蓮           甘い!ほっぺが落ちちゃう!

愛梨           華蓮ちゃん大げさ。

華蓮           こんなにおいしいもの私生まれて初めて。

愛梨           それさっきも言ってなかった? じゃああっちも見てみよっか。

声              おいでおいでお土産いっぱいあるよ〜

     二人、お店を物色して歩く。おもむろに歌いだす華蓮。

華蓮       ♪お菓子の好きな巴里娘(ぱりむすめ)

♪二人そろえばいそいそと

♪角の菓子屋へ「ボンジュール」

♪選(よ)る間も遅しエクレール

♪腰も掛けずにむしゃむしゃと

♪食べて口拭く巴里娘♪

愛梨       何その歌。

華蓮       「お菓子と娘」。私の好きな歌。

佐藤の声              集合時間だぞ。バス乗れー。

二人       はーい。

     華蓮と愛梨、バスへ。眠る二人。

     眠りの中、華蓮が目を覚ます。

華蓮       ここはどこ?真っ暗で何も見えない。

     「お菓子と娘」がうっすらと聞こえてくる。

華蓮       なにこの歌?誰が歌ってるの?え?私?

     華蓮、にわかに足に違和感を覚える。

華蓮       あれ?足が動かない。

愛梨の声              華蓮ちゃん。華蓮ちゃん。

     華蓮、目覚める。

華蓮       あれ?愛梨ちゃんどうしたの?

愛梨       バス着いたよ。

華蓮       どこに?

愛梨       美ら海水族館!

美ら海水族館

     ジンベエザメが「ざっばーん」と登場。ジンベエザメはそのまま客席へ。

解説員          美ら海水族館にめんそーれー。長さ35メートル、幅27メートル、深さ10メートル、容量7500トン。この美ら海水族館の巨大水槽は日本一の大きさでございます。

華蓮と愛梨   うわあ~。おおきい~

解説員       こちらでは、沖縄周辺の珊瑚の海に生息する魚たちをご覧いただけます。パネルに魚の名前が書いてありますから探してみてください。

愛梨           ええっと、あれがアカハタ。これはコロダイ。そっちのがホシミゾイサキで、あっちのがアジ。

解説員       はい。それらは全て和名ですね。沖縄では別の名前で呼ばれています。アカハタから順番に言いますと、ハンゴー。ジューグアークレー。

愛梨           沖縄だと全然別の名前なんだ。

解説員       そしてホシミゾイサキが

華蓮           ガクガク。

解説員       その通り。アジが

華蓮           ガーラ。

華蓮、続けざまに魚を名指ししていく。

華蓮       カチュー。ウキムルー。ウシシビ。

解説員       (和名で言い直す)カツオ。カンパチ。クロマグロ。大当たり。

愛梨           華蓮ちゃんすごい。勉強してきたの?

華蓮           何言ってるのミッちゃん。こんなの常識じゃない?

愛梨           ミッちゃん?ミッちゃんて誰?

華蓮           え?あ、間違えちゃった。私何言ってんだろ。愛梨ちゃんよね。愛梨ちゃん。へへへ。

アナウンス   ご来場の皆様にお知らせいたします。ジンベエザメのおやつの時間がやって来ました。皆さま、黒潮の水槽前へお集まりください。

華蓮              ジンベエザメですって!行きましょう!

     二人、黒潮の水槽前へ。ジンベエザメ、「ざっばーん」と舞台に戻る。

解説員       ご来場ありがとうございます。それでは当水族館のメインイベント、ジンベエザメによる垂直採食をご覧いただきたいと思います。垂直採食とは、ジンベエザメが海面に向けて立ち上がるように体を立てた姿勢で、海水ごとエサを飲み込む姿のことを申します。全長8・5メートルのジンベエザメが自然の通りの姿で垂直採食が行えるのは日本では当水族館のみでございます。さあエサを投げますよ。ご覧ください。これが巨大ジンベエザメの垂直採食です!

ジンベエザメ       ガバガバガバガバ。

華蓮と愛梨          おお〜

解説員       もう一回!

ジンベエザメ       ガバガバガバガバ。

華蓮と愛梨          おお~

二人           温かい拍手ありがとうございます!

愛梨           すごいね〜

華蓮           うん。なんだか私も深い海の中にいるような気分。

     華蓮の様子がおかしくなる。支える愛梨。

     その愛梨を離れて、華蓮が一人動き、辺りを見回す。

華蓮       ちょっと! ここから出して!

     しかしその声は誰にも届かない。

     華蓮の様子、元に戻る。

愛梨           華蓮ちゃん大丈夫?疲れちゃった?

華蓮           まさか。私がこれ位で疲れるわけないでしょ。

解説員       以上でジンベエザメによる垂直採食は終了です。本日はご来場まことにありがとうございました。

ジンベエザメ       ざっばーん。

華蓮           愛梨ちゃん。次は何?

愛梨           エイサー体験!

     突然エイサーの音楽。

むら咲村(むらさきむら)

     太鼓を持ってエイサーを踊る華蓮と愛梨。夜白と剛も踊っている。

     愛梨、たどたどしい動き。華蓮は軽やかな身のこなし。

     華蓮、太鼓を置いて、カチャーシーを始める。

     思わず見とれる愛梨たち。

夜白と剛              おお〜

夜白       剛、おみやげ見ようぜ。

剛          おう!(退場)

愛梨       華蓮ちゃんすごい。本当の沖縄の人みたい。

華蓮       (はっとしてやめる)あきじゃびよ。何言うの?

愛梨           ほら。あきじゃびよって沖縄の人がびっくりした時に使う言葉だよね。なんで華蓮ちゃんが知ってるの?

華蓮           え?それは、ほら。おみやげ屋のおばあたちが言ってたでしょ。

愛梨           そうだっけ?

華蓮           そうよ。

愛梨           あやしい。華蓮ちゃんてもしかして…沖縄に恋人がかいる?

華蓮           恋人!?(笑って)いるわけないじゃない。実はね、お母さんの親戚が沖縄の人で、小っちゃい頃その人によく面倒見てもらってたの。エイサーもその人に教えてもらったの。

愛梨           なあんだ。

華蓮           ふうー

愛梨           (何かに気がついて)うん?

華蓮           え?今度は何?

愛梨           この音?

     突然ジェット戦闘機の爆音。空気を切りさき、建物を揺らし、いなくなる。

愛梨           あれアメリカの戦闘機だよね。この辺は米軍基地が近いって先生言ってたもんね。

     突っ伏している華蓮。

愛梨       華蓮ちゃん大丈夫?

     華蓮、立ち上がるとひどく消耗している。

華蓮           (愛梨に気づいて)中山さん?戻った。私。戻った。ここどこ?

愛梨           むら咲き村。

華蓮           私何してた?

愛梨           何って今エイサー踊ってたでしょ?

華蓮           踊ってない! 私はずっと暗闇の中にいた。エイサーを踊ってたのは私じゃない。私の中に誰かいる!

愛梨        どういうこと?

華蓮        それが分かんないの。ああ!足が…足が痛い!

愛梨       華蓮ちゃん?ちょっと先生。先生!

華蓮       (力をふりしぼって)中山さん。これ。

華蓮、スマホを出す。

愛梨       スマホ?

華蓮       調べて。

愛梨       調べるって何を?

華蓮       歌!

愛梨       歌?

華蓮           お菓子がなんとかって歌。

愛梨           「お菓子と娘」?

華蓮           それ。あんな歌、私知らない。何か分かるかも。

愛梨           でもどうやって?

華蓮           だからそれで。

愛梨           え?私スマホ分かんない。

華蓮           ええ?

     華蓮の様子がひどくなる。

華蓮       お願い。カラフルなボタン押して文字打つだけだから。

愛梨       分かった。やってみる。

華蓮       どう?

愛梨       なんか電話かけちゃった。

華蓮       ええ?

愛梨       ごめん。

華蓮       もうダメ。(倒れる)

愛梨       華蓮ちゃん?先生!先生!

     華蓮、起き上がると晴れやかな表情になっている。

華蓮       愛梨ちゃん。

愛梨       え?華蓮ちゃん?

華蓮       ごめんなさい。私、今変な事言ってたでしょう?なんて言ってた?

愛梨       え?それは…

華蓮       お願い。隠し事はしないで。

     佐藤先生、登場。

佐藤       どうした?なにかあったのか?

華蓮       何でもありません。

佐藤       いや、呼んでただろ。

華蓮       何でもありません。

佐藤       そっか。別に何もなきゃいいんだが。

     佐藤、スマホに気がつく。

佐藤       中山、お前何持ってんだ?

愛梨       あ、これは

佐藤           出しなさい。スマホじゃないか。修学旅行中は出さない約束だろ。

愛梨           いや、これ、私のじゃなくて華蓮ちゃんの。

佐藤           なんだ麻生のか。麻生、そうなのか?

華蓮           そうみたいです。

佐藤           なんだ「そうみたいです」って。先生、預かっとくぞ。いいな?(行こうとする)

愛梨        あ、先生。

佐藤           どうした?

愛梨           いや、なんでもないです。

     佐藤、退場。

華蓮       私たちも行きましょう。

愛梨       …

華蓮       ほら。ミッちゃん!(退場)

愛梨       ミッちゃん…

ビジネスホテル2

     日記をつけている愛梨と華蓮。

愛梨           「五月二十四日。今日は盛りだくさんの内容でした。朝はひめゆり平和祈念資料館。午後は美ら海水族館。そのあとエイサー体験もさせていただきました。」

華蓮           「生まれて初めて水族館を訪れました。色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ様子は、まるでおとぎ話の竜宮城にいるようでした。」

愛梨           「ひめゆりの資料館で私は動けなくなりました。生存者の日記があまりに重たいものだったからです。私の小さな心ではとても受け止めきれませんでした。」

華蓮           「甘いものをたくさん食べました。ほっぺが落ちるほど食べました。ほっぺが落ちてもいい。虫歯になってもいい。そう思いました。甘いものを好きな時に好きなだけ食べられる幸せ。これ以上の幸せが一体どこにあるでしょう。」ねえ。何書いたの?

愛梨           ひめゆりのこと。

華蓮           ひめゆり…

愛梨           うん。あそこで読んだ日記の事。日付けもね。ちょうど今とかぶってるんだよ。

     愛梨、鞄から「ひめゆりの手記」を出す。

愛梨           買ってきたんだ。(開いて)ほら。ここ。五月二十四日。頭がかゆいと言った兵隊さんの包帯を外すと傷口にウジ虫がわいていた…

華蓮       よして。

愛梨       どうしたの?

華蓮       私、見たくない。

愛梨       ごめん。

華蓮       ねえ、楽しいお話をしましょう。明日はどこに行くの?

愛梨           明日は国際通りで自由行動だよ。

華蓮           自由行動。素敵!じゃあ明日もずっと一緒ね。

愛梨           え?華蓮ちゃん私と一緒は嫌だから別行動するって。

華蓮           そんなのいや。私、あなたと一緒じゃなきゃ絶対いや。ね?お願い。

愛梨           うん…

     部屋の電話が鳴る。

愛梨           もしもし。あ、はい。分かりました。華蓮ちゃん、先生がスマホ返すから来なさいって。

華蓮           分かった。行ってくるわね。

     華蓮、退場。

     愛梨、しばらく考えていたが、意を決して華蓮の日記を手に取る。

愛梨           「生まれて初めて水族館を訪れました。色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ様子は、まるでおとぎ話の竜宮城にいるようだと、ミッちゃんが言いました。」「甘いものが好きな時に好きなだけ食べられる幸せ。これ以上の幸せが一体どこにあるでしょう。と言ったら、ミッちゃんは笑っていました。」なにこれ?

     ドアをノックする音。

     愛梨、ドアを開ける。

     夜白。

愛梨       なんだ。夜白君かあ。

夜白       麻生いる?

愛梨       いない。先生に呼ばれてる。

夜白       そう。じゃ、いいや。

愛梨       待って。どうしたの?

夜白       いや、あいつからスマホに着信あって、かけ直したけど出ないから。

愛梨       着信?それ、もしかして私がかけたやつかも。何時ごろ?

夜白       (スマホを確認して)四時半。

愛梨       やっぱり。ごめん。それ間違い電話。

夜白       なんだ。じゃ。

愛梨       ちょっと待って。それスマホ?

夜白       そうだけど。

愛梨       じゃあお願い。ちょっと調べて欲しいことがあるの。

夜白       いいけど、ちょっと離れて。

愛梨       あ、ごめん。

夜白       なに?

愛梨       「お菓子と娘」。

夜白       「お菓子と娘」?

愛梨       歌のタイトルなの。何か分かるかも。

夜白       (検索して)出たよ。これ?

     「お菓子と娘」が流れる。

愛梨       これだ。

夜白       なんかすげえ昔っぽくない?昭和三年だって。

愛梨       昭和三年?

夜白       この曲がどうしたの?

愛梨       華蓮ちゃんが歌ってたの。夜白君。華蓮ちゃんって最近ちょっと変だと思わない?

夜白       あいつ中学入ってからずっと変だろ。

愛梨           え?いや、そういうのじゃなくて今日一日。

夜白           たしかに。めっちゃ踊りうまかった。超運動音痴なのに。

愛梨           これ見て。

夜白           麻生の日記じゃん。いいよ。俺、人の日記見たくない。

愛梨           そうだけど。見て。ここ。「ミッちゃん」って書いてあるでしょ。ミッちゃんって誰?そんな子、ウチのクラスにいないよ。それに華蓮ちゃんは今日一日ずっと私と一緒にいたんだから。

夜白           (不審に思って日記を見る)

愛梨           ね。変でしょ?

     そこに華蓮が戻って来る。

華蓮       ただいま。

夜白       おう。

華蓮       あれ?どなた?

夜白       は?どなたじゃねーよ。お前いい加減にしろよ。

華蓮       私の日記。どういうこと?勝手に見たの?

愛梨       ごめん。私華蓮ちゃんの事が心配で…あの、ミッちゃんって誰?

華蓮       やめて。(塞ぎ込む)

夜白       (スマホで「お菓子と娘」をかけて)これ。

華蓮       やめて。(耳を塞ぐ)

愛梨       華蓮ちゃんなんでこんな昔の曲知ってるの?

夜白       なんか言えよ。麻生!

愛梨       華蓮ちゃん。

華蓮       やめて!

     華蓮の意識の世界。

     遠くで「お菓子と娘」の曲がうっすら聞こえている。

     座り込んで寝ていた華蓮。目を覚ます。消耗している。

華蓮           あれ?また寝ちゃった。なんか、すごくだるい。

声              ミッちゃん…ミッちゃん…ミッちゃん…

華蓮           ミッちゃん? 誰の声だろう。…でも、もうどうでもいいや。私たぶんここから出られないんだ。このままここで眠って、消えて行っちゃうんだ。それでいいかも。だって私なんか生きてたって別に意味ないし。

愛梨           華蓮ちゃん!

華蓮       中山さん?だから名前で呼ぶなって。

夜白       麻生!

華蓮       夜白?なんで夜白?

     立ち上がる華蓮。

華蓮       立てた…。(急に大きな声で)中山さん!夜白!ここだよ、私ここにいるの!私ほんとはここから出たい!

     華蓮、いつの間にか日記帳を手にしている。

華蓮           あ、日記帳だ。そうだ。日記つけなきゃ…

声              だめ。開かないで!

華蓮           これ、私の日記じゃない。(開く)

声              やめて!

華蓮           (読む)「私は陸軍病院糸数(いとかず)分室で負傷兵の看護に当たっていた。水や食料の配給。おしっこの汲み取り。兵隊さんたちは、休む間を与えてくれない。私とミッちゃんは真っ暗なガマの中を泥にまみれて働いた。」ミッちゃん?

声              お願い!今は私、楽しいことだけを考えていたいの!ねえ、お願い!

華蓮           この声、あなたは…

     ホテルの部屋。

     華蓮を囲む愛梨と夜白。

     華蓮、おもむろに立ち上がり語り始める。

華蓮           五月二十四日。頭がかゆいといった兵隊さんの包帯を外すと、傷口にウジ虫が湧いていた。

夜白           何言ってんだこいつ。

愛梨           それってもしかして。

愛梨、「ひめゆりの手記」を開いて読む。

愛梨           「傷口にウジ虫が湧いていた。キクちゃんと私はウジ虫を一匹ずつ手で取り除かなければならなかった」書いた人は宮城ミツ・・ミッちゃん。

夜白           ミッちゃん?それじゃあお前は一体誰なんだ!

愛梨           キクちゃん?

華蓮           そう。私の名前は新垣(あらがき)キク。沖縄師範学校女子部予科二年。陸軍病院糸数分室勤務。ひめゆり学徒隊。

夜白           ひめゆり学徒隊?

愛梨           ねえ華蓮ちゃんは? 華蓮ちゃんはどうなったの?

キク           どうしてそっとしておいてくれないの?

夜白           おい、麻生は、麻生はどうした!?

キク           私は楽しいことがしたかっただけなのに。

愛梨           華蓮ちゃん!

夜白           麻生!

キク           私は…生きていたかった!

     華蓮とキク、対峙する。

華蓮           新垣キク。あなたは写真の女の子。早く私の体を返して。

キク           何よいまさら。消えてもいい。死んでもいいって思ってたくせに。私、あなたの心がよく分かったの。あなたに生きている資格はない。

華蓮           あなたに私の何が分かるの?

キク           分からない。スカート。白い靴下。いい匂い。こんなに幸せなのに死んでもいいって思うあなたが。私、もう我慢できない。あなたの代わりに私が生きる!

華蓮           ちょっと勝手な事言わないでよ!あんた一体なんなのよ!

キク           あなたは私の記憶を呼び起こした。なら全部見て。私の記憶を。さわって。私の痛みを。

華蓮           あああああああ。

時空が歪む。

キクの記憶

     目を覚ます華蓮。

華蓮の声  真っ暗で何も見えない。ここは…

キク      1945年5月24日。私たちは陸軍病院糸数分室で負傷兵の看護に当たっていた。水や食料の配給。おしっこの汲み取り。兵隊さんたちは休む間を与えてくれない。私とミッちゃんは、真っ暗なガマの中を泥にまみれて働いた。

     ミツ、登場。

ミツ      キクちゃん!

キク      ミッちゃん!頭がかゆいといった兵隊さんの包帯を取るとウジ虫がわいている。

ミツ      私とキクちゃんはウジ虫を一匹ずつ手で取り除く。

キク      丸々と太ったウジ虫を見て兵隊さんは「畜生」と呟いた。

ミツ      薬がない。消毒液がない。ガーゼがない。でもせめて、

二人      白い包帯が欲しい。

キク      真っ黒い包帯を巻きなおすと、兵隊さんは涙を浮かべてお礼を言った。

     軍医、登場。

軍医   オペだ。学生来い!

二人   はい!

     三人手術室へ。

軍医   それではこれより、右足の切断手術を行う。

兵士   やめてくれ!足だけは。足だけは切らないでくれ。

軍医      まだそんなことを言ってるのか。この足は腐ってる。見ろ。ウジがわいてるじゃないか。切らなければ貴様は死ぬんだぞ。

兵士   おれんちは畑やってんだ。足がなくなったら、生きていけねえ。

軍医   馬鹿やろう。戦争に負けたら畑もくそもあるもんか。学生。押さえろ。

キク   はい!

     軍医   (切る)

兵士   ぎゃあ!

     キク、耐えられず離れてしまう。

軍医   馬鹿者!

ミツ   私が押さえます。

軍医   よし押さえろ!(切る)

兵士   ぎゃああああ!

     軍医、足を切り終えると、キクにビンタをする。その姿を見つめている華蓮。

軍医   …十分休憩だ。(去る)

ミツ   …

キク   ごめんなさい。私…

ミツ   (空気孔を見上げて)星が出てる。キクちゃん、ちょっとだけ外の空気を吸いましょう。

     ミツとキク、ガマの外へ。カエルの声。

     深呼吸をする二人。

キク   星、綺麗だね。

ミツ    …キクちゃん、私ね、何にも感じないの。切られた足を見てもね。何にも感じないの。私、どうなっちゃうんだろう。(泣く)

     キク、歌いだす。

キク           ♪お菓子の好きな巴里娘(ぱりむすめ)♪二人そろえばいそいそと♪

ミツ           その歌。キクちゃん。ダメよ。

キク           ♪角の菓子屋へ「ボンジュール」♪選(よ)る間も遅しエクレール♪

♪腰もかけずにむしゃむしゃと♪食べて口拭く巴里娘♪

ミツ           キクちゃん。どういうつもり。そんな歌、軍医殿に聞かれたら大変よ。

キク           (おどけて)どうしよう。またぶたれちゃう!

ミツ        あきじゃびよ。(叱る)キクちゃん。

キク           あ、方言。

ミツ           あ。

キク           これでおあいこ。敵性(てきせい)音楽と方言でビンタ一回ずつ。

ミツ           もう!キクちゃんにはかなわないな。

キク           へへへ。座ろっか?

ミツ           うん。…キクちゃん。戦争っていつ終わるのかな?

キク           もうすぐよ。今に友軍の巻き返しがある。皇国(こうこく)の勝利は目前だって軍医殿言ってたじゃない。

ミツ           そうよね。

キク           そうよ。

ミツ           キクちゃんは戦争が終わったら何がしたい?

キク           戦争が終わったら?…私、スカート履きたいな。

ミツ           スカート?

キク           スカート履いて、走り回りたいな。

ミツ           プリーツの入ったやつ?

キク           当然!

二人           (笑う)

軍医の声              学生!伝令があった!伝えるから来い!

キクとミツ          はい!

     キク、ミツ、軍医。

ミツ           転進とはどういうことですか?

軍医           「本日中に摩文仁(まぶに)に転進すべし。」我々はこれより本院と摩文仁で合流する。君たちは伊原にて第一外科と合流せよとの命令だ。

キク           患者は?患者はどうするんですか?

軍医           歩ける患者は従える。

キク           歩けない患者は?

軍医           これを配った。(瓶を見せる)

キク           それは…

軍医           薬…毒薬だよ。これより他はない。敵はすぐそこまで来ている。馬乗りにされたらこの壕もおしまいだ。急げ!

     軍医、退場。

     負傷兵たちの声がガマに木霊する。

声          看護婦さん、俺たちも連れて行ってくれよお

声          看護婦さん、水、水飲ませてくれ

声          看護婦さん、頭掻いてくれ

声          看護婦さん!

声          看護婦さん!

声          看護婦さん!

声          看護婦さん!

     キクとミツ、深々と頭を下げて逃げるようにガマを飛び出す。

     轟く艦砲射撃。

     その中を寄り添って進む二人。

     グラマンの飛行音。

     必死に進む二人。

     キク、途中から引きずるようにしていた足を抑え座り込む。

ミツ       どうしたの?

キク       足が。

ミツ       (見て)すごい腫れ。どうしたの?

キク       クギ。ガマの中で踏んじゃって。

ミツ       化膿してる。(キクの体に触れて)すごい熱。

キク       破傷風(はしょうふう)かな?

ミツ       (驚いて)どうして黙ってたの?

キク       薬もないのに。言えないよ。

ミツ       とにかくここじゃ…歩ける?

キク       歩く。

     少し歩くがキク、また座り込んでしまう。

ミツ       キクちゃん!

キク       駄目みたい。

ミツ       もう少しだから。頑張って。

キク       先に行って。ミッちゃんがはぐれちゃう。

ミツ       ダメよ。立って。

     キク、シロツメクサを見つける。

キク           あ、シロツメクサだ。ミッちゃん見て。シロツメクサだよ。

ミツ           今、そんなこといいから!

声              学生だ。おーい!こっちだー。早くしろー。

ミツ           キクちゃん。着いた。着いたんだよ。立って!

キク           (立とうとするが)だめ。立てない。

ミツ           ちょっと待ってて。今、人呼んでくる!

     ミツ、退場。

     キク、シロツメクサを取ろうとするが、

キク       あれ、手が震えてるや。ミッちゃんごめん。私ダメかも。

     キクを見ていた華蓮が声をかける。

華蓮       あきらめちゃだめ。ミッちゃんくるから。あとちょっと。あとちょっとだけ頑張って!

キク       ね〜

華蓮       キクちゃん。お願い。死んじゃだめ。生きるの。生きて!

キク       シロツメクサ、綺麗だよね…

華蓮       キクちゃん!

     力尽きるキク。

     キクの霊魂が肉体を離れて立ち上がり、華蓮と向かい合う。

意識の世界

華蓮       これがキクちゃんの記憶…

キク       ごめんね。辛かったでしょう?

華蓮       辛かったのはキクちゃんだもん。

キク       ありがとう。受け止めてくれて。

華蓮           ダメ。私なんかじゃ受け止められないよ。だって私、ちょっと友達から嫌な事言われただけでもう何もかもどうでもいいって思ってた。死にたいって思ってた。そんな私がキクちゃんの事受け止められるわけないよ。

キク           違う。そんなあなただから私を受け止めてくれた。

華蓮           え?

キク           華蓮ちゃん。私の写真を見た時、何て思った?

華蓮           素敵な笑顔だなあって。

キク       やっぱり。だから私華蓮ちゃんの中に入ることができたんだ。

華蓮           どういうこと?

キク           私のこと今までそんな風に思ってくれた人いなかったもの。みんな可愛そうって。そればっかりだったから。

華蓮           でもそれはキクちゃんの事を思って。

キク           うん。でもね、素敵って言われた方がやっぱり嬉しい。華蓮ちゃんは私を一人の女の子として見てくれた。だから私たち繋がる事が出来たんだ。

華蓮           私とキクちゃんが繋がった。

キク           そう。だからこれからは、生きている人と繋がってください。華蓮ちゃんは私に「生きて。」って言ってくれた。今その言葉をそのままお返しするね。華蓮ちゃん。生きて!

華蓮           キクちゃん!

ビジネスホテル3

     朝。

     眠っている華蓮。その隣で眠っている愛梨。

     華蓮、目を覚ます。愛梨も目を覚ます。

愛梨           (恐る恐る)華蓮ちゃん?

華蓮           中山さん。

愛梨           華蓮ちゃんだ!良かった。良かった。

華蓮           夜白は?

愛梨           夜白君先生に見つかって連れていかれちゃった。

華蓮           そう。ずっとそこにいたの?

愛梨           うん。だって華蓮ちゃんずっとうなされてたんだよ。大丈夫?

華蓮           うん。でも、ちょっと。近い。

愛梨           あ、ごめん。

華蓮           私の中にね。女の子が入ってたの。

愛梨           キクちゃん?

華蓮           そう。そのキクちゃんにね。私励まされちゃった。

愛梨           なんて?

華蓮           生きてって。

     愛梨、泣き出す。

華蓮       ちょっと。なんであんたが泣くの?

愛梨       だって。だって。

華蓮       っていうかなんで今の話について来れるんだよ。普通疑うだろ。

愛梨       信じるよ。だって華蓮ちゃん目を見て話してくれたもん。

華蓮       え?

愛梨           私、話してたらどんどん近寄っちゃう癖あるでしょ。あれね。おばあちゃんの癖なの。そのおばあちゃんが言ってたもん。目を見て話してくれた人の話は信じなさいって。

華蓮           それで信じてくれたの?

愛梨           うん。

華蓮           あんたすごいわ。ああ。もう、なんか負けたって感じ。

愛梨           え?何の勝負?

華蓮           もういいから。っていうか近い。

愛梨           あ、ごめん。

華蓮           よし。修学旅行ラスト日。自由行動。私行きたいところ出来ちゃった!

愛梨           あーわかった!

     廊下。

     夜白と佐藤先生。

夜白       だから本当だって。麻生が幽霊に憑りつかれてて大変だったんだよ。

佐藤       お前なあ。いくら女子の部屋行きたかったからってもっとマシな嘘つけよ。

夜白       嘘じゃねえって。もういいよ。

佐藤           何がもういいよだ。罰としてお前の自由行動は没収で先生と二人行動。紅型染め体験。先生毎年やってんだ。

夜白       えー

     華蓮と愛梨が走ってくる。

華蓮       おはようございます!

愛梨       おはようございます!

佐藤       なんだお前ら。元気だな。

華蓮       あ、夜白だ。夜白。昨日、声届いた。サンキュ。

夜白       え?あ、うん…お前、もう大丈夫なのか?

華蓮       うっす。じゃあ先生、私たち自由行動行ってきますー

佐藤       どこ行くんだ?

愛梨       ひめゆり!

佐藤       ひめゆり?昨日行ったじゃないか。

華蓮       また行くんです!

     華蓮と愛梨、走っていく。

佐藤       冗談だろ。ここからどれだけあると思ってるんだ。

夜白       うっす。うっす。うっす…(ほくそ笑んでいる)

佐藤       お前も何笑ってんだ。

夜白       は?笑ってませんよ。

佐藤       笑ってるだろう。(夜白と佐藤、押し問答をしながら退場)

愛梨           (登場)「五月二十五日。修学旅行最終日。私たちはタクシーに乗ってひめゆりの塔に向かいました。そこから少し離れたところにある伊原第一外科壕には木洩れ日が差し込んでいました。」

伊原第一外科壕

     華蓮と愛梨、紙袋を持って登場。

     紙袋を取るとシロツメクサの花冠。

華蓮       キクちゃんの好きなシロツメクサだよ。

愛梨       二人で作ったんだ。

     花冠を供えて手を合わせる二人。

華蓮       ねえ。沖縄では戦争でたくさんの人が死んじゃったんだよね。

愛梨       うん。

華蓮       その人たちはどうなったのかな?

愛梨       え?

華蓮           いや、誰にも知られないで死んでいって、どんな風に死んでいったかも知られないで死んでいって…そんな人たちがいまだるんじゃないかって思って。

愛梨       華蓮ちゃんすごい。なんか別人になったみたい。

華蓮           え?こんなの普通だよ。いや、でもそうかも。キクちゃんが私の心の中にちょっとだけ残ったのかも。

愛梨           いいな。私の中にもいて欲しい。

華蓮           いるよ。だってあんたずっと一緒にいたんでしょ。

愛梨           うん。楽しかった!

華蓮           キクちゃん。また来るからね。

愛梨           私も!

華蓮           よし戻ろう。帰れなくなっちゃう。

愛梨       あ!私も華蓮ちゃんに一個聞いていい?

華蓮       何?

愛梨       華蓮ちゃんと夜白君って恋人?

華蓮       え?なに突然。

愛梨       なんで電話番号知ってるの?

華蓮       いや。あいつとはただの腐れ縁だから。幼稚園から同じで親が仲いいの。それだけ。

愛梨       親も公認なんだ!

華蓮       なんでそうなる?ありえねーだろ。

愛梨       ほんとに?ちょっと好きとか?

華蓮           ないないないないないないない。死んでもない!だってあいつ、小学校ん時、車に足轢かれたのに気づかなかったんだよ。そんな奴の事好きんなる子いる?

愛梨       そうやってムキになるところがあやしい。

華蓮       あやしくない。はい。終わり。行こう。

愛梨       逃げるの?

華蓮       ちょっとあんた、性格変わってない?え?キクちゃんの影響?

愛梨       違う。これ私の趣味なの。

華蓮       趣味?

愛梨       私、恋愛小説書いてるんだ!この設定膨らませて今度のコンクール応募していい?

華蓮       ちょっと私をネタにしないでよ!

愛梨       大丈夫名前変えるから。

華蓮       ええっと…ネタ没収!(走って逃げる)

愛梨       あ、待って。(モタモタする)

華蓮       愛梨―。早くしろー置いてくぞー(退場)

愛梨           …待ってー、華蓮!

     愛梨、退場。 

     『お菓子と娘』が流れ、演者5名登場し、礼をする。

     ー終わり。

本作品の上演権は作者に帰属します。
有償・無償公演に関わらず、無断で使用することはできません。
上演を検討している学校・団体は作者までご連絡くださいませ。(メールアドレス→info@amano-jaku.com)