『スーサイドショップ ~ようこそ、自殺用品専門店へ~』戯曲

『スーサイドショップ ~ようこそ、自殺用品専門店へ~ 』

原作 ジャン・トゥーレ

脚本 西上寛樹

 

※本作品は二〇一七年年三月三十日から四月二日まで劇団仲間アトリエ公演にて上演されたものです。有償・無償に関わらず、本作品の上演をご検討される場合は、西上寛樹 info@amano-jaku.com までご連絡をお願いいたします。
また、縦書きのものをご覧になられたい方は、上記アドレスまでご連絡ください。メールでお送りいたします。

 

登場人物

  • ミシマ・・・テュヴァッシュ家の主
  • リュクレース・・・ミシマの妻
  • ヴィンセント・・・テュヴァッシュ家の長男
  • マリリン・・・テュヴァッシュ家の長女
  • アラン・・・テュヴァッシュ家の次男
  • ガス・・・墓守。ミシマの古い友人
  • エルネスト・・・ガスの息子
  • 他、テュヴァッシュ家の客たち・レビュアー・ニュースアプリ・ご先祖様・サルなど

 

場面

  • テュヴァッシュ家
  • 他に街中・地下室・カフェ・草原など(ただし場面が代わっても転換は用いない)

 

劇場の地下に続く階段は、暗く狭い。

頭をかがめて入ると、そこはテュヴァッシュ家の店内。能舞台に歌舞伎の花道をくっつけたような、いびつな舞台には、橋掛かりと花道と、本舞台の奥と三つの登退場口がある。

舞台にセットらしいものはなく、椅子が一つぽつんと置かれているだけ。この椅子の上には真っ白な7つの小さな置き人形が置かれている。

舞台の壁の面には中抜けになった額縁が9つかけられている。

もう一方の壁には、テュヴァッシュ家の商品。すなわち首吊り用のロープ、猟銃、毒薬、短刀などが展示されている。

陰鬱な小道具とは裏腹に会場中の音楽はジャンゴ・ラインハルトの陽気なジプシースウィングが流れている。

途中、会場係より飴のサービスがある。

開演時間になって黒いマントを羽織った演者が登場。

 

演者                     本日は、『スーサイドショップ ~ようこそ、自殺用品専門店へ~ 』にご来場いただきまして誠にありがとうございます。月並みではございますが、開演に先立ちまして、いくつかお知らせとお願いをさせていただきます。まず、さきほど皆様にお配りした飴。お味の方はいかがだったでしょうか? あちらは自殺用品ひとすじ創業211年、テュヴァッシュ家からの提供品でございまして毒入りです。毒の効き目に個人差はございません。ここにいる皆様のお命は、あと90分でございます。というわけで、本日のお芝居の上演時間は90分となっております。ご家族、友人、愛人に別れを告げたいお客様はご連絡していただき、その後携帯電話は伝言からお切りくださいますようお願いいたします。・・・今までの説明でご気分を悪くされたお客様はいらっしゃいませんでしょうか? 本日は、おおむね、このノリでいかせていただきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。では、間もなく開演です。

 

演者は持っていたトレイに人形を回収し退場。

いつの間にか陽気な音楽は終わり、かわってチャイコフスキーの重厚な『交響曲

第6番《悲愴》』が流れる。

暗転。

鐘楼の音。

明かりがつくと、六人の演者が立っている。

 

 

1.ミシマ・テュバッシュ

1.レビュー1

 

レビュー1           地下鉄フェレール駅を出て、ベレゴヴァワ通り沿いに徒歩3分。周りは、高層ビルに囲まれていますが、「屋根の上の鐘楼」を目印に探すと割とすぐに見つけられました。この店は、昔教会か礼拝堂だったのでしょうか?

レビュー2           私は、SNSの友人を通して知りました。こんなお店があったなんて、もう最高です。

レビュー3           内装・接客・雰囲気、すべて☆5つです。ただコスパはちょっと・・・自分、お金がなくてこの店に来た側なんで、(汗)それでもお店の方が、丁寧に接客してくださり、自分に合った商品を購入することが出来ました。

 

うっすらとミシマに明かりが当たる。

ミシマは、満足そうにタブレットのレビューを見ている。

 

レビュー4           自分は、刻印に弱いんです。革製品の焼き印とか、スーツの裏の刺繍とか。ここの商品はですね。銃弾一発一発にも「made by テュヴァッシュ」って、刻印が入ってるんですよ。

レビュー5           エキゾチック。 自分は、なぜかジャポンの文化に惹きつけられてしまうんだ。「ZEN」にしても「BUSHIDO」にしても神秘的だろ? だから自分がこの「切腹セット」をクリックするのに迷いはなかったね。店の主人も「ミシマ」という名前で、どうやらこの商品と関係のある名前らしいよ。☆の数? そんなの迷わず五さ。

レビュー1           五。

レビュー2           四。

レビュー3           五。

レビュー4           五。

ミシマ                  (満足そうな吐息)

レビュー6           私は一。

ミシマ                  何だって?

レビュー6           私は、ウェブサイトからタランチュラを購入しました。これが外れも外れ大外れでした。グーティーサファイア・オーナメンタルというインド産のタランチュラだったのですが、こいつが噛まない! そのくせエサだけは食う。幼虫、小鳥、冷凍ネズミ。お金がかかって仕方ありません。返品しようとしても「生き物は、返品できません。」の一点張り。これって詐欺じゃないですか? お金を返すか、このエサだけ食べる馬鹿タランチュラ、ドゥーニーズをどうにかして欲しいです。十代続く老舗だか何だか知りませんが、私には、最低です。

ミシマ                  クソが! こいつは、商品説明を読まなかったのか? 「絶対に生き物に名前をつけないでください。」って書いてあったろう? 名前をつけたらダメなんだよ。愛情が生まれるから。蜘蛛でもヘビでも、愛情が通ったが最後、決して飼い主を噛んだりしなくなるんだ。ふざけた客だよ、まったく。

 

ミシマがアプリを閉じると、レビュー退場。

レビューの一人がリュクレースに早変わり。大きいお腹。

 

リュクレース       どうしたのあなた?

ミシマ                  おお。リュクレース。今日も綺麗だね。(と、リュクレースのお腹にキスをする)いや、客が☆一個って書きやがってさ。

リュクレース       ☆一個! それはひどいわね。

ミシマ                  だろ?(タブレットを見て)ああ!見ろ。平均評価が三・八に下がってる。

リュクレース       あんまり気にしないで。あなたは頑張りすぎだわ。

ミシマ                  査定機関に異議申し立ての申告を入れよう。消費者側の瑕疵(かし)で、テュヴァッシュ家二百年のエムブレムに傷をつけられちゃかなわん。それこそ俺がウチのロープで首をくくらなくちゃいけなくなる。ま、その時は☆五つの評価を入れるがね。

リュクレース       何馬鹿なこと言ってるの? あ。(お腹を押さえる)

ミシマ                  動いた?

リュクレース       いや、なんか笑ったような気がして。

ミシマ                  笑ったって、お腹の子が?

リュクレース       ええ。この子、時々笑うのよ。

ミシマ                  (お腹に耳を当てるが)胎児は笑わないだろう。

リュクレース       本当よ。先生も言ってたもの。赤ちゃんは、泣くより先に笑ってるって。

ミシマ                  おいおい。生まれる前からそんな楽観的じゃ、とてもウチの跡取りはつとまらんぞ。

 

カランコロン、と客が入って来る。

 

ミシマ・リュクレース       いらっしゃいませ。

リュクレース       じゃあ私は調合室にいるから。

ミシマ                  お迎えは?

リュクレース       二時にお願い。(退場)

 

2.最初の客

客                         あの、ここは、自殺用品専門店ですか?

ミシマ                  はい。

客                         ちょっと見てもいいですか?

ミシマ                  どうぞどうぞ。

 

客、しばらく店内を物色。

ミシマは、紅茶を出して客を座らせる。

客、紅茶を一口飲んで、

 

客                         色々あるんですね。

ミシマ                  首吊り、服毒、ガス、入水、練炭、飛び降り、焼身、切腹。当店では、古今東西のあらゆる自殺方法を取り扱っております。お客様は、もう方法はお決まりですか?

客                         あ、すいません。僕まだ死ぬってことしか決めてなくて…

ミシマ                  皆様最初はそうですよ。でも大丈夫。すぐにピンとくる方法が見つかります。こちらなんていかがでしょう?

客                         なんですかこれは?

ミシマ                  ライフル弾です。

客                         ライフル弾? なんか乾電池みたいですね。先が尖ってない。

ミシマ                  ホローポイント弾といいましてね。その名の通り、弾頭の先が空洞になっていますでしょ? 命中時にこのくぼみに空気が閉じ込められて、衝撃波を発することで対象物に効率よくダメージを与えられる設計になっています。要は、弾が貫通せずに中で留まるんですね。即死ですよ。ここ見えますか?

客                         何か書いてますね。「made by ティバッシュ」。うわあ。細かい。

ミシマ                  こちらは、ファイバーレーザー技術を使った刻印技術です。銃弾の老舗ジョルジュ・ペノー社と当店のコレボレーションです。

客                         なんか恰好いいですね。

ミシマ                  これで死んだら、お客様の脳天には、当店のブランド名がしっかり残されます。火葬場での親戚の反応が違ってきますよ。

客                         でも僕ライフルなんて持ってないですよ。

ミシマ                  ムッシュ。御貸しいたします。我らがフランスでは、猟銃の貸与は申請書一枚で済みますからね。

客                         でも痛いのはちょっとなあ。

ミシマ                  そんなあなたには、こちら。

 

ミシマ、客に品物を渡す。

 

客                         え?毒?

ミシマ                  分かります?

客                         分かりますよ。なんかいかにも「毒入り」って瓶ですもん。

ミシマ                  服毒自殺をご希望のお客様は、ドラマを大切にしますからね。どうしても入れ物が大切なんです。

客                         でも、この瓶、ちょっと女性っぽくないですか?

ミシマ                  まあ、これは愛人の前でこれみよがしに死んでみたい女性のための商品ですからね。

客                         え? そんなんじゃなくってもっと男らしいヤツ見せてくださいよ。

ミシマ                  では、こちら。

 

ミシマ、短刀を渡す。

 

客                         切腹ですか?

ミシマ                  よくご存じで。ロマン溢れるジャポンの死に方です。私のミシマという名前もこの切腹セットを使ったジャポンの作家の名前からきてるんですよ。

客                         へえ。でもいいですよ。僕は、フランス人らしく死ねれば。

ミシマ                  え? お客様フランス人だったんですか?

客                         フランス人ですよ。何人だと思ったんですか?

ミシマ                  いや、日本人かと。これは失礼。フランス人らしい死に方といいますと・・・ギロチン! ございますよ~

客                         いやいやいやいや、ギロチン、メチャクチャ痛そうじゃないですか?

ミシマ                  痛くないですよ。ギロチンは、フランス革命の時「苦痛を伴わない処刑方法」として考えられたものなんですから。

客                         いや、でもなあ。(と、他の商品に目移りする)

ミシマ                  こりゃまだ腹が決まってねえな。

客                         え? 今なんか言いました?

ミシマ                  いえいえ。何でもございませんよ。では、ガス中毒死なんていうのはどうでしょう? 流行遅れですが、痛くありませんし確実に死ねます。

 

その時カランコロンと玄関の扉が開き、表情の消えた男(面を被った男)が入って来る。

不穏な音。

男は、ミシマと客の間をするすると通り抜けると、迷うことなく商品を選び、レジに行く。

 

ミシマ                  ヴェルティルビルの入館証。飛び降りですね。

男                         流れ星になりたいんだ。

ミシマ                  神のご加護を。

 

男、退場。

男が出ていくと、さきほどの客も表情がなくなっている。(面をかぶっている)

 

客                         じゃあ僕はこれにしようかな。

ミシマ                  ロープですか? 古典的ですが、確実にいけますよ。

客                         僕は何になるんだろう?

ミシマ                  死は人間にだけ与えられた最後の自由です。何にだってなれますよ。

 

客、退場。

リュクレースが登場。

 

リュクレース       案外早かったわね。迷って決められないタチかと思ったけど。

ミシマ                  自殺の性質さ。あれは、不思議と伝染するからね。

 

3.お迎え

雑踏音とともに舞台は街中になる。

通学帽を被ったマリリンが登場。

 

マリリン              いんちき!

ヴィンセント       …

マリリン              いんちきいんちき!

ヴィンセント       …

マリリン              いんちき! お兄ちゃん!

 

ヴィンセント登場。VRゴーグルを身に着けて、叫び声を上げている。

マリリンが兄のVRゴーグルを外すが、ヴィンセントは、仮想現実と現実の区別がつかず、突然マリリンの手を鷲づかみにすると、自分の頭を抑えさせて、マリリンに食べられるような姿勢を作る。

振りほどくマリリン。

ヴィンセント、急に現実に戻されキョトンとする。

 

マリリン              お兄ちゃん。死んでないでしょ? 交代。

 

マリリン、VRゴーグルを装着する。

 

マリリン              やった。もうゾンビがこんなに。早く! 早く殺して! きゃあー…あれ? よけちゃった。また。きゃあー…やっぱりダメ。食べられたいのに体が勝手にゾンビをよけるの。(よける仕草)また。また。もうなんで? (どんどんよける)もう! このゲーム難しい。あ~あ。一面生き残っちゃった。(VRゴーグルをはずして)はい。死ねなかったら交代。お兄ちゃんインチキなしだよ。死ねなかったら交代だからね。

ヴィンセント       (VRゴーグルを装着する)

マリリン              お兄ちゃん聞いてんの?

 

ミシマ、登場。

 

ミシマ                  おーい。迎えに来たぞー。

マリリン              あ、お父さん。

ミシマ                  またゲームやってるな。

マリリン              だって家でやったらお母さん怒るんだもん。

ミシマ                  ながらゲームは、やめなさいって言ってるだろ。ヴィンセント。

ヴィンセント       (ゲームに夢中)

ミシマ                  ヴィンセント。

ヴィンセント       (ゲームに夢中)

ミシマ                  ヴィンセント!

ヴィンセント       (ゲームに夢中)

ミシマ                  はあ。マリリン、ヴィンセントと手つないで。車にはねられでもしたら大変だ。

マリリン              はーい。

 

街を歩く三人。

 

マリリン              (信号が)チカチカしてるよ。

ミシマ                  止まろう。

マリリン              (ふと客席を見て)ねえお父さん見て。今日町の人達なんだか死にたそうな顔してるよ。

ミシマ                  (客席をなめ回し)おお。きっと死にたくなるような芝居でも観てるんだろう。いい顔だ。

マリリン              青だよ。(再び歩き出す)

ヴィンセント       (ゲームに夢中で歩かない。マリリンに手を引っ張られる)

ミシマ                  まったく9歳で仮想現実にどっぷりつかっちまってさ。

マリリン              お父さんは子どもの時ゲームしなかったの?

ミシマ                  そりゃしたさ。でも現実とゲームの区別はできてたぞ。お前たちもテュヴァッシュ家の子どもなら、もっと現実の死について考えなきゃな。

マリリン              そんなの考えてるし。ほら。

 

マリリン、鞄から画用紙を出す。

 

ミシマ                  お。学校で描いた絵か? (絵を見て)いいじゃないか。素晴らしく暗い色使い!

マリリン              こっちがお兄ちゃん。(絵を渡す)

ミシマ                  おお。ヴィンセントのは、レンガの壁に鉄柵が張り巡らされてる! 二人とも生きることがどういうことか分かってる絵だな。

マリリン              でも先生は、「もっと楽しそうな絵を描きなさい。」って。

ミシマ                  そんなのは他所(よそ)の子が描けばいい。いやあ、お前たちがしっかり自殺の遺伝子を受け継いでくれてて、父さん嬉しいぞ。早く帰ってお母さんに見せてあげなくちゃな。

 

ミシマのスマホに着信が入る。

舞台の壁の切り穴が観音開きで開いて、演者が登場。

 

ニュース              自殺専門ニュースアプリです。本日パリ市内では、七件の自殺が確認されました。種類別では、首吊りが3、飛び降りが2、服毒と切腹がそれぞれ1となっております。どうぞ。

 

黒いマント姿の演者たちが、小さな人形を七体持って登場。

ニュースに合わせて、人形遊びの要領で首吊り、飛び降り、服毒自殺を七体の人形に試みる。

楽しそうな叫び声。

 

ニュース              いずれも自殺には、テュヴァッシュ家の商品が使われたようです。「どうせ死ぬのは一度きり。確実に死にたい方はこちらをタップ。」

 

ニュースアプリの演者、退場。

ミシマ、続けて操作する。

 

マリリン              あ、お父さん仕事してる。ダメなんだよ。お迎えの時は仕事しないってお母さんと約束したでしょ?

ミシマ                  違う違う。友達に電話するだけさ。(電話する)

マリリン              インチキ! 友達ってガスおじさんでしょ? 仕事だし。

 

4.友人

 

ガス、別エリアに登場。電話に出る。

 

ガス                     お電話ありがとうございます。私設霊園ガストフです。

ミシマ                  もしもし? おれだよ。

ガス                     ミシマか? どうした? 奥さん生まれたのか?

ミシマ                  逆だよ。生まれたんじゃなくて死んだんだ。ウチのお客が。すまんが三区画ほど空けといてくれ。

ガス                     なんだそっちか。それならさっきアプリで確認して手配したよ。

ミシマ                  抜かりないな。

ガス                     おかげさまでだいぶ慣れたよ。「自殺から墓場までをシームレスに。」こりゃ確かに時代に合ってるわ。

ミシマ                  じゃあまた。(電話を切ろうとする)

ガス                     あ、待った!もらった電話で悪いんだが今ちょっと話せるか?

ミシマ                  今、お迎えの最中だから、あとでかけ直すよ。

ガス                     協会の話なんだが。

ミシマ                  (突然慌てて)シメシンヌ協会か? で? どうなった?

ガス                     喜べ。理事会は、テュヴァッシュ家の入会を認める方向で決まりそうだ。

ミシマ                  (驚きで言葉が出ない)

ガス                     もしもし? もしもし?

マリリン              お父さん!

ミシマ                  (我に返り)ああ。お父さんは、ちょっと大事な話があるから、先に家に帰っててくれ。

マリリン              インチキ!

ミシマ                  ヴィンセントと手をつないでな。

 

マリリンとヴィンセント、退場。

 

ミシマ                  冗談じゃないよな? あのシメジンヌ協会が、ウチを認めてくれたのか?

ガス                     俺は墓守だ。冗談は言わねえよ。

ミシマ                  テュヴァッシュ家の念願がやっと叶うってことだぞ!

ガス                     創業200年の悲願達成だな。

ミシマ                  211年だよ。

ガス                     ウチは、323年だ。

ミシマ                  張り合うなよ。これで我がテュヴァッシュ家も晴れて老舗協会の仲間入りだ。(泣く)

ガス                     泣くなよ。街中だろ?

ミシマ                  すまん。ご先祖様の苦労を思うと・・・

ガス                     老舗ながら新しい技術を果敢に取り入れる姿勢が評価されたらしいぞ。ミシマ、お前の頑張りだよ。

ミシマ                  ガス。俺は、今日ほど生きていて良かったと思う日はないぞ。

ガス                     店の商売道具に手をつけなくてよかったな。

ミシマ                  よせよ。墓守は冗談を言わないんだろ。

 

そこにマリリンが飛び込んでくる。続いてヴィンセントの姿。

 

マリリン              お父さん!お母さんが!

ミシマ                  きたか(ガスに)すまん。リュクレースが産気づいた。後で連絡する。

ガス                     おお。早く行ってやれ。

ミシマ                  (電話を切って)リュクレース!(退場)

ガス                     (電話を切って)今日は、テュヴァッシュ家の記念日だな。(退場)

 

音楽。ジャンゴ・ラインハルト『Minor Swing』。

2分39秒の駆け抜けるギタースウィングの中で、ミシマが愛妻の元へ急ぐ様がダンスとマイムで表現される。

信号。車。踏切。あらゆる障害は演者たちによって表現され、ミシマはその中をかいくぐっていく。

やっとの思いでたどり着いた家の前には、記者たちの姿。

記者たちはミシマに一斉にフラッシュを浴びせ、
「シメジンヌ協会入りおめでとうございます!」とか、
「お気持ちを一言!」と、詰め寄って来るが、ミシマは、

「ノーコメント。妻が陣痛なんだ。」と中に入ろうとする。

「自殺用品店がシメジンヌ協会に名を連ねることについて批判的な意見もありますが、ご自身は、どう思われますか?」

「あなたは自殺で家族を失った遺族の気持ちをどのようにお考えですか?」

「ご自身の商売について疑問を持たれることは?」

「いいから通してくれ!」

ミシマ、記者たちを押しのけ家に入るところで音楽終わり。暗転。

赤ん坊の泣き声が響き渡る。

明かりがつくと、赤ん坊を抱くリュクレースの姿。鼻歌を歌っている。

(赤ん坊の泣き声はアラン役の演者が後ろに立って笛を吹くことで表現される)

ミシマが、アランを抱く。泣き出す赤ん坊。

慌てる二人。あやすと、赤ん坊は笑いだす。

ミシマとリュクレースも笑う。

溶暗。

 

2.アラン・テュヴァッシュ

1.レビュー2

橋掛かりに演者たちが登場。

 

レビュー1           だまされた。

レビュー2           だまされた。

レビュー3           だまされた。

レビュー4           だまされた。

レビュー1           なにが「自殺用品専門店」だ。

レビュー2           なにがシメジンヌ協会だ。

レビュー3           なにが自殺のトップブランドだ。

レビュー4           なにが創業214年だ!

レビュー1           俺は、突然笑いかけられだぞ。

レビュー2           私は、店を出る時「またどうぞ」って言われたわ。

レビュー3           私は、歌を歌われたの。もうびっくりして・・・(泣く)

レビュー4           僕なんて救急車呼ばれちゃったんですよ。

レビュー1           ☆1。

レビュー2           1。

レビュー3           1。

レビュー4           ゼロがつけられるなら、そうしたいですよ。(全員退場)

 

本舞台では、リュクレースが店の掃除をしている。

 

2.アラン

 

ミシマ                  (登場)リュクレース! リュクレース!

リュクレース       あなた。

ミシマ                  見ろ。(タブレットを見せる)

リュクレース       まあ。

ミシマ                  最低評価が続いてる。アランを店に出すなってあれほど言っただろう。

リュクレース       入って来ちゃうのよ。あの子、人がいるところが好きみたいで。

ミシマ                  問題児は今どこだ?

リュクレース       さっきまでいたんだけど。

マリリン              (登場)おはよう。

リュクレース       「おはよう」じゃないでしょ。十一時よ。いつまで寝てる気?

マリリン              あ~、日曜はもっと寝るって決めてたのに!

リュクレース       それが九歳の子が言うセリフですか。もう、子どもらしくないというか、なんていうか。

ミシマ                  子どもらしすぎる誰かさんよりマシだ。マリリン、アランを見なかったか?

マリリン              見たわよ。でももう知らない。だって。あの子すばしっこいから。

 

足音。

 

ミシマ                  アラン!

ヴィンセント       (登場。振り返る。VRゴーグルをつけている)

ミシマ                  ヴィンセントか。

ヴィンセント       (仮想現実の世界に没頭している)

ミシマ                  そのゲームよく飽きないな。

マリリン              違うよ。お兄ちゃん自分でプログラム書き換えて、拡張機能作っちゃったんだから。

ヴィンセント       (ゲームの中でやられたらしく、倒れて痙攣する)

マリリン              金縛り機能追加で、確実にゾンビに食べてもらえるの。

ミシマ                  その才能を現実世界でいかして欲しいな。このままじゃ、テュヴァッシュ家は俺の代で途絶えるぞ。

声                         もしもし! こちらアラン病院です。はい。すぐ向かいますからじっとしててくださいね。

 

アランが花道より登場。

 

アラン                  レーロー、レーロー、レーロー、レーロー。

ミシマ・リュクレース       アラン!

アラン                  (ヴィンセントの元に駆け寄り)レーロー、到着しました。 大丈夫ですか? お熱ですか? イタイイタイですか? (ヴィンセントをひっくり返したりして)おケガありません。(熱を測って)お熱ありません。起きてください。大丈夫ですよー

ミシマ                  これを客にやったのか?

リュクレース       ええ。きつく叱ったから今はヴィンセントにしかしないけど。

マリリン              いや、私もやられたし。もっと寝てたかったのに。

ミシマ                  いくらママゴトでも「人を治す」なんてテュヴァッシュ家の信義に悖(もと)る。即刻辞めさせなさい。

リュクレース       アラン。やめなさい。ヴィンセントには、どうせ聞こえてないわよ。

 

ヴィンセント、むっくり起き上がり、仮想現実に追われながらふらふらと退場。

 

アラン                  おだいじにー

ミシマ                  おだいじに!?

リュクレース       まあ! そんな言葉どこで覚えたの?

ミシマ                  いまいましい。見ろ。鳥肌が立ったぞ!

リュクレース       アラン! 「おだいじに」ってのは、悪い言葉ですよ。ウチでは絶対に使っちゃいけません!

アラン                  (手を上げて)ハーイ。

ミシマ                  なんで怒られてるのに笑ってるんだ?

アラン                  (マリリンに)イタイイタイないですか?

リュクレース       マリリンも遊びません。これから調合室でお勉強なんですから。

マリリン              ええ~?

リュクレース       「ええ~」じゃありません。テュヴァッシュ家の女が毒の調合も出来なくてどうするの? ほら。冷蔵庫のジギタリスの花びらとマチンを忘れないで。

マリリン              私、まだ朝ご飯も食べてないのに。

 

マリリン、退場。

 

ミシマ                  あれ? アランは?

リュクレース       もう。あの子すぐいなくなっちゃうから。

ミシマ                  あ、いた。

リュクレース       あの子何持ってるの?

 

アラン、嬉しそうに飴玉の包みをはがす。

 

ミシマ                  ヒ素入り飴だ!

リュクレース       きゃあ! アラン!

アラン                  (食べる)

 

ミシマとリュクレース、すごい勢いでアランの元へ。

 

リュクレース       「ペッ」しなさい。「ペッ」!

アラン                  (飴を吐き出す)

ミシマ                  リュクレース解毒剤を!

リュクレース       (大慌てで取りに行く)

ミシマ                  アラン! 唾を飲み込むなよ。喉おさえるぞ。

アラン                  ん・・・

ミシマ                  我慢しなさい。リュクレースまだか?

リュクレース       はい!(瓶を持ってくる)

 

二人、解毒剤をアランに飲ませる。

 

リュクレース       大丈夫かしら。

ミシマ                  耐性の弱い子どもだからなあ。医者に電話を。

リュクレース       (電話をかける)ああ。手が震えてボタンが押せない!

ミシマ                  俺が。(電話をかける)

リュクレース       アラン。大丈夫だから。大丈夫だからね。

ミシマ                  もしもし? こちらベレゴヴァワ通りのテュヴァッシュですが、そう。自殺用品店の。救急車を一台お願いします。いや。お客さんじゃありません。ウチの子が間違ってヒ素入り飴を口にいれちゃったんです! お願いします!

アラン                  レーローくるの?

リュクレース       喋っちゃダメ!

 

マリリンとヴィンセントが戻って来る。

 

マリリン              どうしたの?

リュクレース       アランがウチの飴なめちゃったのよ。

マリリン              え?

ヴィンセント       (VRを取る)

リュクレース       マリリンちょっと水持って来て。

マリリン              え? あ、うん。

 

マリリンが慌てている間にヴィンセントが大急ぎで退場。後に続くマリリン。

 

ミシマ                  (電話をしながら)え? 飴ですか? リュクレース吐き出した飴あるか? 病院に持って来てくれって。

リュクレース       え? 私持ってないわよ。

ミシマ                  さっき持ってただろ!

リュクレース       こんな時に大きな声出さないでよ!

ミシマ                  あ、俺が持ってた。

リュクレース       もう!

 

ヴィンセントがコップとバケツを持って戻って来る。

 

リュクレース       ヴィンセントありがとう。アラン。うがいしなさい。

アラン                  (うがいで「レーローレーロー」と遊ぶ)

リュクレース       やめなさい!

ミシマ                  あれ? これ違うぞ。

リュクレース       何?

ミシマ                  いや、この飴、ウチのじゃない。(なめて)こりゃ、ただのレモン飴だ。

リュクレース       え?

アラン                  ねえ。レーローまだ?

 

3.相談

ガスがコーヒーカップ片手に「ははははは!」と笑いながら登場。

場所はすでにカフェに変わっている。

ミシマもコーヒーカップを持ってガスの元(黒衣の演者が出したカフェテーブル)へ。

 

ミシマ                  笑い事じゃないよまったく。「自殺用品店に救急車が横付けした!」って近所は大騒ぎだったんだから。

ガス                     お前も甘いなあ。

ミシマ                  そういえばどうなんだ。お前んとこのエルネストは。ニューヨークに行かせたって言ってたな。

ガス                     ああ。コロンビア大学だ。

 

ガスがスマホを操作すると舞台壁面の切り穴にエルネストが登場。

 

ミシマ                  墓守の息子がアメリカの大学で何勉強してるんだ?

ガス                     都市政治学。

ミシマ                  それ家業と関係あるのか?

ガス                     大ありさ。時代の無宗教化が進む中、都市が死をどう取り入れていくかがこれからの墓の在り方に関わって来るからな。

ミシマ                  あの社交性ゼロのエルネストが留学とはねえ。

ガス                     ウチは、幼児教育から力入れてきたからな。

ミシマ                  幼児教育?

ガス                     歩けるようになったらすぐに墓で遊ばせてな。夏のキャンプでは、土の中でも寝かせたなあ。

ミシマ                  墓守の英才教育ってわけか。

ガス                     おかげで寝ても覚めても墓のことしか頭にない青年に育ってくれたぜ。

ミシマ                  頼もしい限りだな。

 

エルネスト退場。

 

ガス                     何他人事みたいに言ってんだ。お前んちも今しっかりしろよ。

ミシマ                  まだ三歳だぞ。

ガス                     三つ子の魂百までって言うだろ? アランは、上の子たちと違うぞ。俺の顔見たら、すごい笑顔で抱き着いてきたんだから。

ミシマ                  そうなんだよ。誰にでも愛敬ふりまくんだ。

ガス                     思わず抱き上げて「たかいたかい」だよ。

ミシマ                  それ、客にもやるんだ。

ガス                     すごい喜んでな。

ミシマ                  おかげで客が何も買わないで帰っちまうんだよ。死ぬ気が失せたって。

ガス                     やべえな。今からそんなじゃ、将来が不安だよ。

ミシマ                  よせよ。縁起でもねえ。

ガス                     とにかく、しつけはしっかりしろよ。

 

ミシマのスマホが鳴る。

 

ミシマ                  ああ。(見て)またクレームだ。店戻るわ。

ガス                     ああ。

 

ミシマとガス退場。

チャイコフスキー作曲『交響曲第6番《悲愴》』。

演者が四人登場。壁の額縁を取って顔を出すと、そこはテュヴァッシュ家の地下室に変わっている。額縁はつまり、テュヴァッシュ家のご先祖様の肖像画である。

 

4.ご先祖様1

 

ミシマ                  ああ。ご先祖様。テュヴァッシュ家に悪魔のような子どもが生まれてしまいました。天使のように明るいのです。え? (自分が発した言葉の矛盾に戸惑う)悪魔のような天使? 天使のような悪魔? あれ? 分かんなくなっちゃった。悪魔だから天使なんじゃなくて・・・天使だから悪魔・・・(言い直す)ご先祖様。あいつは、天使ゆえの悪魔なんです! ひとたび、あいつが微笑めば、町中の人々が微笑み返します。あいつが歌えば、生き物という生き物が踊り始めます。反対にあいつが泣けば、沈みゆく太陽も少し堪えて明日の分の明かりをそっと残していきます。ところがあいつは、そんなことは気にもせず、いつも根拠のない高揚感にワクワクと胸を躍らせています。なぜあいつは、テュヴァッシュ家に代々続く自殺の遺伝子を受け継いで生まれてきてくれなかったのでしょうか?

 

突然『白鳥の湖』の音楽。

ご先祖様たちが、突然ミシマを囲んで踊り出す。

途中からミシマも一緒になって踊り出す。

踊り終わって、

 

ミシマ                  はっ! こんなことではいけない。私がしっかりしなければ。老舗存続はたすきのリレー。私には、テュヴァッシュ家のたすきを子どもたちに渡す義務がある。残念ながらヴィンセントには、期待できない。アランをなんとかしなければ。ご先祖様ありがとうございます。おかげで目がさめました。それと困った時は、やっぱりチャイコフスキーだなあ。服毒自殺を成し遂げた彼の音楽には、後ろ向きの力がある。さすがは、元ウチのお客様だ!

 

ミシマ、退場。

額縁を持って踊っていたご先祖様たちは、額縁を下ろし、ただの語り手として語り出す。

 

語り手1              地下鉄フェレール駅を出て、ベレゴヴァワ通り沿いに徒歩3分、テュヴァッシュ家の暗い地下室で、ミシマはご先祖様の肖像画を前に心に決めた。

語り手2              アラン・テュヴァッシュを立派な跡取りに育てようと。

語り手3              「親思う 心に勝る 親心」。

語り手たち           (一瞬「え?」と、なる)

語り手4              (観客に謝りながら)今のはちょっと違ったが、とにかくミシマは、世の中のお父さんお母さんが我が子を思う心と同じ心で、アランの教育に当たった。

語り手1              「たまごクラブ」、「ひよこクラブ」、「こっこクラブ」。フランスにだって養育雑誌は、たくさんある。

語り手2              ミシマとリュクレースは、アランの年齢に合わせた教育を心掛けた。

語り手3              時に、アラン4歳。

 

語り手が退場するとそこはアランの寝室。

リュクレースがアランに、おやすみ前の読み聞かせをしているところ。

 

5.教育

 

リュクレース       「こうしてアントニウスの死を嘆き悲しんだエジプトの女王は、花冠を頭に載せると、召使にお風呂の準備をさせました。お風呂をすませたクレオパトラの元にイチジクの実がどっさりと詰まった籠が届きました。籠を受け取った女王は、お付きの者をみんなさげさせてしまいました。なんと、イチジクの入った籠の底には、毒蛇が隠されていたのです。毒蛇を見たクレオパトラは、『とうとう来たわ。』と言って、袖をまくり、毒蛇に腕を差し出した。」

アラン                  それで?

リュクレース       これでおしまい。

アラン                  女王様はどうなったの?

リュクレース       決まってるでしょう? 毒蛇に噛まれて死んだのよ。

アラン                  そんなのやだ。ヘビとお友達になって冒険に出発して。それでね。森の中で王子様に出会うの。キスするんだよ。

リュクレース       エジプトに森はありません。

アラン                  じゃあ、魔法のじゅうたんで飛んでって。

リュクレース       魔法のじゅうたん? そんな言葉どこで覚えたの?

アラン                  これ。(スマホを出す)

リュクレース       (画面を見て)まあ! 「世界名作全集」なんかダウンロードして! こんなの目の毒よ。ウチではこの「世界自殺全集」しか読んじゃいけないって言ってるでしょ?

アラン                  なんで?

リュクレース       なんでもかんでもないの。本当にお前は分からない子ね。罰として今日はもう一つお話を聞かせてあげますよ。アメリカロック界のギターシーンを塗り替えた男、カート・コバーンのお話ですよ。

語り手4              徹底した幼児教育。

語り手1              両親は、我が子を信じて努力を惜しまない。

語り手2              アラン6歳。夏休み。

 

ミシマ、すでに別エリア(橋掛かり)に登場している。

 

ミシマ                  アラン! こっちへ来なさい!

アラン                  (ミシマの元へ。口にガムテープを貼っているがミシマは気がつかない。)

ミシマ                  この絵はなんだ? (壁の絵を指し)こんな絵を夏休みの宿題に提出する気か? お父さん恥ずかしいぞ。

アラン                  (もじもじしている)

ミシマ                  まず、このおうち。こんな、おうちがあるか? ドアも窓も開け放たれるじゃないか。おうちを描く時は、ちゃんとドアもカーテンも閉めて描かなくちゃいけないだろう? この絵を見なさい。これは、昔ヴィンセントが描いた絵だ。ここを見て。レンガの壁に鉄柵が張り巡らされてるだろう。この感じを出しなさい。

アラン                  (もじもじしている)

ミシマ                  まあ、おうちはいい。問題はこっちだ。太陽がさんさんと輝いてるじゃないか。太陽をこんなに、鮮やかな色使いで描いたらダメだろ。もっと雲や大気で汚染された空をよく見て。これは、お姉ちゃんが描いた絵だ。このどす黒い色使いを参考にするように。

アラン                  (もじもじしている)

ミシマ                  お前、さっきから何もじもじしてるんだ? テープなんか貼って。

 

リュクレース、登場。

 

リュクレース       ああ。ここにいた。ほらアラン。病院行きますよ。

ミシマ                  どうしたんだ?

リュクレース       この子、魚の骨が喉に刺さっちゃったのよ。

ミシマ                  え? それでなんでテープなんか貼ってるんだ?

リュクレース       手で取ろうとして血が出ちゃったから。

アラン                  (テープを取る。大笑いする)

ミシマ                  なんで笑ってるんだ? 魚の骨が刺さったら普通泣くだろ?

リュクレース       くすぐったいみたいなの。

ミシマ                  まったく。意味が分からんな。

語り手1              そして、9歳。

語り手2              アランの教育に、兄と姉も動員される。

 

語り手1、2は、ヴィンセントとマリリンになる。ここは子ども部屋。(ヴィンセントは、もうVRゴーグルをつけていない。)

 

マリリン              何これ? なんで2割る4の答えが「ない」なの?

アラン                  だって2の中に4は「ない」よ。

マリリン              そうだけど、それを計算するのが算数でしょ?

アラン                  でもないもん。

マリリン              じゃあ4割る2は?

アラン                  それは、「ある」。

マリリン              いや、「ある」とかじゃないから。あ! っていうか答え全部「ある」と「ない」で書いてるし。こんなの算数じゃないよ。

アラン                  そうです。これは(答案用紙を折って)飛行機です!(飛ばす)

マリリン              もうお兄ちゃん言ってやって。

 

ヴィンセント、無言でアランの飛ばした飛行機を拾う。

しわを伸ばして弟を注意するのかと思いきや、より複雑な飛行機を作り、宙に飛ばす。

飛行機は部屋の中を美しい曲線を描いて飛び、アランの手にスッと落ちるのだが、その様は語り手たちによって棒のついた吹替の紙飛行機を使って、手回しオルゴールの音楽とともに表現される。

 

アラン                  お兄ちゃんすごい! 天才!  教えて!

ヴィンセント       (紙飛行機の折り方を伝授する)

マリリン              もう。割り算も出来ないでどうすの?

アラン                  割り算なんか使わないもん。

マリリン              使うよ。先々月に自殺で死んだ人の数が、2002人。先月が2146人。何パーセント増えたかは、割り算を使って計算するの。お父さん、それ見て毒とかロープの仕入れ数計算してるんだから。

アラン                  なんで死んだの?

マリリン              え?

アラン                  なんでみんな死んだの?

マリリン              そんなの関係ないでしょ?

アラン                  関係あるよ。

マリリン              いや、今してるのは、算数の話だから。

アラン                  ・・・お姉ちゃんのバカ!(泣く)

マリリン              ちょっと、なんで泣くの? お母さんー、アランが泣いちゃった。

 

リュクレース、ミシマが登場。兄と姉を下がらせてアランを椅子に座らせる。

 

6.アランの問い

 

ミシマ                  アラン。自殺は、悲しい事じゃないんだよ。自殺は、尊くて美しい、生き物の中で人間にだけ許された最高の自由なんだ。

リュクレース       そうよ。エンペドクレスのお話を覚えているでしょう? 『自殺は人間の特権だ!』って叫んで火山に飛び込んだギリシャの哲学者のお話よ。

アラン                  (泣きながら)覚えてる。

ミシマ                  それは、紀元前436年のことなんだよ。自殺はとっても歴史の深いものなんだ。

アラン                  どうして? 人間だけが自殺するの?

リュクレース       それは・・・(ミシマに)どうして?

ミシマ                  え? いや、それは・・・十人十色っていうか、ほら。人の心は、千差万別だし。

アラン                  だって犬とか猫は、自殺しないんでしょ?

ミシマ                  それはしない。絶対に!

アラン                  でも心は、あるよ。犬にも猫にも。

ミシマ                  それは分かる。

アラン                  じゃあ、どうして人間だけが自殺するの?

ミシマ                  それは・・・人間の方が偉いからだ!

アラン                  何が偉いの?

ミシマ                  動物は、自殺できないからな。

リュクレース       (ひそひそ)あなた。ネズミは自殺するんじゃない? ほら、レミング。集団で海に飛び込むって。

ミシマ                  (ひそひそ)それは、集団移住の時の事故が自殺と誤解されただけだ。

アラン                  自殺する方が偉いの?

ミシマ                  偉い。

アラン                  どうして?

ミシマ                  自殺には、計画力が求められるからな。

アラン                  じゃあ熊は自殺する?

ミシマ                  しない。

アラン                  どうして? 熊は、冬眠に供えてきちんと巣作りするんだよ。計画的だよ。

ミシマ                  それは、話がごっちゃまぜだ。

アラン                  え? 何がごちゃまぜなの?

ミシマ                  うるさい! (リュクレースに)こいつ反抗期か?

リュクレース       質問期よ。

ミシマ                  質問期? もう9歳だぞ。

アラン                  ねえ。何がごちゃまぜなの?

ミシマ                  ああ! (頭を抱える)

リュクレース       アラン。もういいからお兄ちゃんたちの部屋に行ってなさい。

アラン                  え? じゃあ紙飛行機していい?

リュクレース       いいわ。

アラン                  やったー!

 

アラン、退場。

鐘楼の音。

 

ミシマ                  頭が痛い。

リュクレース       コニャック飲む?

ミシマ                  いや、水でいい。

リュクレース       なんだか私たちの努力もみんな水になってるような気がするわ。

ミシマ                  俺、時々思うよ。あの子の明るさといったら、まるで新しいMacbookproのディスプレイのようだ。

リュクレース       明るさが67%も増したって言いたいの?

ミシマ                  アラン・チューリングのように、難しい性格で生まれてくるように願って、同じ名前をつけたのに。子どもの名前に親の願いを託すなんておこがましいのかね?

リュクレース       そんなことないわ。上の二人を見てよ。ヴィンセントは、本当にヴィンセント・ヴァン・ゴッホのように内向的に育ってくれてるわ。マリリンだって、部屋に閉じこもって鍵をかける時なんて、自暴自棄に陥ったマリリン・モンローそっくり。

ミシマ                  アランだって、いい名前だったんだぞ。アラン・チューリングっていうのは・・・

リュクレース       スティーブ・ジョブスがコンピューターの父と認めた人物。アップルの商標のリンゴがちょっとかじられてるのは、毒リンゴを食べて自殺したアラン・チューリングへの敬意の現れ。天才ゆえにねじ曲がった性格の持ち主だったんでしょ?

ミシマ                  その通りだ。

リュクレース       耳にタコができたわ。

ミシマ                  完全に名前負けだ。

リュクレース       ねえ。やっぱりコニャックにしない? 今日は、私も飲みたいわ。

ミシマ                  了解。

 

暗転。

短調のハッピーバースデーが歌われる。

 

声           ハッピーバースデー、トゥー、ユー。ハッピーバースデー、トゥー、ユー。ハッピーバースデー、ディアー、マリリン。ハッピーバースデー、トゥー、ユー。

 

吹き消されるろうそく。

 

7.誕生日

 

リュクレース       マリリン、十八歳の誕生日おめでとう!

その他全員           (口々に)おめでとう!

マリリン              ありがとう。これで寿命がまた一年減ったわ。

 

明かりが点くと、テュヴァッシュ家とガスの姿。

 

ミシマ                  さあ、プレゼントだ! みんな今年はどんなプレゼントを用意したのかな?

リュクレース       私は、このケーキよ。

マリリン              ママのケーキ、私大好きよ。この上に乗ってる箱みたいな飾りは何?

リュクレース       火葬用の棺桶よ。ビターチョコレートで作ったの。

マリリン              本物のマホガニーみたい。

リュクレース       蓋を取ってみて。

マリリン              (蓋を外す)人形が寝てるわ。これ私?

リュクレース       肌は、アーモンドペースト、髪の毛はレモンの皮で作ったの。オーブンで焼いて召し上がれ。

マリリン              私火葬にしてもらえるのね!

アラン                  お母さんの料理の腕は、ベレゴヴァワ通り1だもんね。

リュクレース       (まんざらでもなさそうに)何言うのこの子は。

ミシマ                  (嬉しそうなリュクレースの横顔を見つめているが、気を取り直して)さ。ヴィンセントのプレゼントは?

 

ヴィンセント、VRゴーグルを取り出し、マリリンの頭にかぶせる。

 

ヴィンセント       ・・・「自殺遊園地」で・・・遊んで・・・いいよ。

ミシマ                  また仮想世界か。

マリリン              (体験しながら)わあ! ここってまるで人生を終わりにしたい人のための縁日ね。射的コーナーでは、私が的になれるのよ。手回しオルガンからは、『ドナドナ』が流れてる。フードコートでは、毒入りフライドポテトと毒キノコを焼く煙の臭い。観覧車は、高さ28メートルに到達するとゴンドラの床が抜けちゃうの。きゃあー (と、仮想死してゴーグルを外す)お兄ちゃんありがとう。これで私、死にたい時にいつでも死ねるのね。

アラン                  お兄ちゃんは、テュヴァッシュ家の発明王さ。でも、もっと楽しい事にその才能を使えば、世界の発明王になれるのにね。

ヴィンセント       へへへ・・・

ミシマ                  (喜ぶヴィンセントの横顔を見て)余計な事を言うんじゃない。さあ。今度は私からのプレゼントだ。

 

ミシマ、薬の瓶を出す。

 

マリリン              これは・・・

ミシマ                  そう。猛毒さ。

マリリン              ああ、お父さんやっと本物の死をプレゼントしてくれたのね?

ミシマ                  違う違う。死ぬのはお前じゃなくて、お前がキスする相手だよ。

マリリン              どういうこと?

ミシマ                  これは、死なんてへっちゃら社の新商品さ。この毒は、胃液と混ざって逆流する事で、お前の唾液には、毒の成分が分泌される。お前とキスした人は、みんなあの世に行くってわけさ。その名も「デスキッス」。ずっと何か店の役に立つことをしたがってただろ?

マリリン              うん!

ガス                     おいおい。毒を飲んだマリリンは平気なのか?

ミシマ                  大丈夫。ヘビや蜘蛛は、口に毒を持っててもピンピンしてるだろ? あれと同じことさ。

ガス                     なるほど。

アラン                  待って。本当に好きな人とキスする時は? お姉ちゃん、つばが毒になっちゃったら好きな人とキス出来なくなっちゃうよ? 見て。これ僕のプレゼント。スカーフだよ。僕、お姉ちゃんがデートの時に、これを首に巻いたら素敵だろうなって思って、一年間お小遣いをためて買ってきたんだ。

マリリン              ありがとうアラン。でもこのスカーフは、一人でカラオケに出かける時に使わせてもらうわ。だって私、これまで誰かを好きになったり、なられたりした事、一度もないんだもん。そう。きっとこれからもずっと・・・

 

マリリン、毒を飲む。

 

アラン                  お姉ちゃん!

ミシマ                  どうだい?

マリリン              ・・・分かんない。でもなんか、生まれ変わったって感じ。

ガス                     あとプレゼントを渡してないのは私だけか。いやあ面目ない。実は、肝心のプレゼントを家に忘れて来てね。さっき電話を入れたからもう届いてもいいところなんだが・・・

 

エルネスト、こそこそと登場。

 

リュクレース       だれ? その、こそこそとした青年は。

ガス                     エルネスト! 良かった。ギリギリ間に合ったよ。

ミシマ                  エルネスト? なんだお前。アメリカから帰って来てたのか?

ガス                     先月な。

ミシマ                  言ってくれれば良かったのに。

ガス                     誰にも会いたくないって口止めされててな。

ミシマ                  (エルネストに)こいつ~、相変わらず社交性ゼロだな。

エルネスト           (照れる)

マリリン              エル?

エルネスト           マリリン・・・

ガス                     ははは。ウチの墓場に遊びに来てたあのマリリンも、もう立派な成人だ。それ、お前が祝ってやれ。(グラスを渡す)

 

エルネストはグラスを掲げるが、乾杯の音頭をとらないので、間延びする。

その間、マリリンはずっとエルネストを見つめている。

しびれを切らしたガスの音頭で乾杯。

エルネスト、一気に飲み干すと、逃げるように去る。

 

ミシマ                  お前んちの息子は、「乾杯」も言えんのか。根っからの墓守だな。

ガス                     ははは。頼もしいだろ?

マリリン              ・・・ねえ、お母さん。お酒って飲んだら誰でもこうなるの?

リュクレース       どうしたの?

マリリン              心臓が、心臓がドキドキいってるの!

 

天井から布が振り落とされて、マリリンが隠される。

同時に、リュクレース、ガス、ヴィンセントを演じた演者たちは、語り手に変わる。

 

8.デスキッス

 

語り手1              マリリン・テュヴァッシュは、店の冷蔵棚の前に腰かけていた。

語り手2              椅子のひじ掛けには緋色のビロードが張られ、木の背もたれには金色のアカンサスの葉が、彫刻されている。

語り手3              マリリンは、胸元が大きく開いた、タイトなドレスを身にまとっていた。

声・マリリン       死にたいの? じゃ、私にキスして。

語り手1              新商品デスキッス。

語り手2              この過激な自殺用品は、ネットの口コミで瞬く間に広がり、

語り手3              店の前には、長蛇の列が出来た。

 

語り手、三人。ポケットから自殺希望者である客たちの人形を取り出す。

 

客たち                  うほほーい!

客1                     次は、俺だ。

客2                     次は、僕だ。

客3                     その次は、俺だ。

客1                     やっと死ねるぞ。

客2                     長い人生だったなあ。

客3                     耐えがたきを耐えられない人生だった。

マリリンの声       次の方々、どうぞ。

客1                     俺たちだ!

 

布にマリリンのシルエットが浮かび上がる。

盛り上がる客たち。

客たち(といっても人形だが)は、順番にキスしてもらう。

とろけるような客の反応。

キスが終わるとマリリンのシルエットは手を振って退場。

 

客1                     なんか、自分の体じゃないみたいだったな。

客2                     (スマホをいじる)

客3                     何してんの?

客2                     いや、早速使用感をupしとかないと。

客1                     俺も。(スマホをいじりながら)俺どんくらいで死ねんのかなあ。

客2                     三日くらいだって言ってましたよ。

客1                     三日かあ。

客3                     俺、また来よっかなあ。

客1・2              え?

客3                     いや、なんでもない。

ミシマ                  (出て来て)お客様、すみません。今日はこれで閉店ですので。

客1                     あ、すいません。

ミシマ                  また、どうぞ。

 

客三人、退場。

 

ミシマ                  「また、どうぞ」って、何言ってんだ俺は。アランじゃないんだぞ。

 

リュクレースが登場。

 

リュクレース       すごい反響ね。

ミシマ                  ああ。すでに先月比で三割増しだ。

リュクレース       リピーターの存在が大きいわよね。

ミシマ                  リピーター?

リュクレース       あれ? あなた気がつかなかった? 最後の三人組、一人は先週も来てくれてたでしょ? 一人は私にそっくりだったけど。

ミシマ                  (一瞬『?』となるが気を取り直して)先週って、そんなわけないだろ? デスキッスは、三日で死ぬんだから。

リュクレース       それが狙いじゃないの? 毒を薄めて、リピーター獲得。

ミシマ                  俺がそんな事するわけないだろう。

リュクレース       ウチは、こういう商売だからリピーターがいないからなあって、言ってたじゃない?

ミシマ                  それは、ただの愚痴だよ。それより、今度リピーター見つけたら教えてくれ。キス目当てで解毒剤を飲んでるのかも知れん。自殺を冒涜する客は、俺が許さん。

 

マリリン、登場。

 

マリリン              (辺りを見回している)

ミシマ                  どうした?

マリリン              アランが、外でこそこそしている人を見たって言うから。

ミシマ                  予約待ちでこぼれたお客様かな?

マリリン              (辺りを見回している)

ミシマ                  誰もいないよ。さ、もう中に入ろう。

 

エルネスト、登場。

 

マリリン              エル!

ミシマ                  エルネストじゃないか。どうした?

エルネスト           (リュクレースに何か渡す)

リュクレース       デスキッスのチケット。

ミシマ                  ダメだダメだ。友達の息子を死なせるわけにはいかないよ。

エルネスト           マリリン、僕を殺して。君とキスしたいんだ!

 

と、口で言いつつも、エルネストはマリリンを直視することが出来ずスマホの画面越しにマリリンに話しかけている。

 

ミシマ                  え?

マリリン              私もよ! 私もあなたとキスがしたい。誕生日の日、あなたが私から目をそらした時、私分かったの。あなたこそ、私の運命の人だって。でもダメ私は、あなたにキス出来ない。だって私のキスは、人を殺すデスキッスなんですもの。

エルネスト           それでもいい! 君のキスで死ねるなら!

マリリン              だめ! だめよ!

アランの声           大丈夫だよ!

マリリン              え?

 

アラン、登場。

 

アラン                  お姉ちゃんのキスは、誰も殺さない。反対に、生きてる素晴らしさを伝える魔法のキスなんだから。

ミシマ                  アラン、手に持ってるそれはなんだ?

リュクレース       それは!

アラン                  そう。解毒剤だよ。僕が昔飲んだヤツ。

ミシマ                  お前まさかそれを・・・

アラン                  誕生日パーティーで最後に出たお姉ちゃんの紅茶の中に入れといたのさ。だからお姉ちゃんのキスには最初から毒なんてなかったんだ。

リュクレース       それで、リピーターが来てたのね。

マリリン              私のキスは、デスキッスじゃないのね。

アラン                  その通り。

マリリン              アラン! あなたは最高の弟よ!

アラン                  これで僕のスカーフは、無駄にならずにすむね。

マリリン              もちろん。宝物にするわ。

 

マリリン、スマホ越しに自分を見つめるエルネストのスマホのカメラを指で押さえて隠し、エルネストの手を取る。

エルネスト、最初は照れるがなんとかマリリンと目を合わせる。

 

マリリン              エルネスト。

エルネスト           マリリン。

抱き合う二人。

いつの間にか現れた語り手たちが、二人を幕の後ろに隠してしまう。

すると、幕には二人のシルエットが浮かび上がりキスをする。

その間、手回しオルゴールの小さな音楽が花を添える。

明かり消えて二人退場。

 

リュクレース       なぜ解毒剤を入れた事を言わなかったの?

アラン                  大事なのは、毒があってもお姉ちゃんを好きでいられるかってことだからね。

リュクレース       エルネストを試したのね?

アラン                  ごめんなさい。でも、やっぱり思った通りの人だった。

リュクレース       そうね。さて、これからどうしましょうか?

アラン                  え? 二人の好きなようにさせてあげて。

リュクレース       それは、もちろんそうするわ。じゃなくて、お父さん。

ミシマ                  (怒りで震えながら)お客様をペテンにかけて。テュヴァッシュ家の姓を名乗りながらよくもそんなことを・・・

リュクレース       お母さんは、君に肩入れしよっかな。

アラン                  ありがとうお母さん!

ミシマ                  アラン! こっちに来い! お前をモナコの自爆攻撃隊の夏季訓練に送り込んでやる!

アラン                  やだよ!

 

対峙する二人。暗転。

ジャンゴ・ラインハルト『Honeysuckle Rose』。

iPhoneのシャッター音がすると、演者たちのストップモーション。

1枚目・・・アランを追いかけるミシマを家族全員で制止する様子。

2枚目・・・ガスも登場しミシマを制止。ミシマの顔にはVRゴーグルが装着されていて、隣でヴィンセントがしたり顔。

3枚目・・・マリリンとエルネスト、リュクレースとヴィンセント、ガスとアランが楽しそうに話している。ミシマだけがぽつんと一人。静止画だったが、ミシマが動き出す。いまや明るくなってしまった家族の様子を見つめて一人うなだれる。

暗転。

音楽が『結婚行進曲』に切り替わり、やがて遠くで聞こえるパーティーミュージックに変わる。

ガスの「おい。」という声で明かりつくと電気を暗くして一人仕事をしているミシマの姿。

 

9.地下室

 

ガス                     やっぱりここか。新婦の父親がこんなところで何やってんだ? あがってこいよ。

ミシマ                  まだ終わんないのか?

ガス                     バカ。パーティーはこれからだぞ。

ミシマ                  行きたくない。

ガス                     何自暴自棄になってんだよ。ガストフ家とテュヴァッシュ家がこうして一緒になったんじゃねえか。こりゃシメジンヌ協会の理事の座も夢じゃねえよ。

ミシマ                  それどころじゃないよ。デスキッスのリコールでウチの信頼はボロボロさ。あのバカ息子!

ガス                     いや、ひょっとするとあいつは、将来モノになるぞ。

ミシマ                  ウチでは、厄介者にしかならんよ!

ガス                     お前は、思いつめちまう性格だからなあ。

ミシマ                  ウチは代々そういう性格なんだ。出てってくれ。

ガス                     まあ、早く上がって来いよ。リュクレースのクレープが焼きあがるぞ。

 

ガス、退場。

再び暗転。不穏な音がしたかと思うと、ミシマの叫び声。

明るくなるとご先祖様たちの姿。(演者たちが額縁を持って立っている)

 

ミシマ                  ああ! ご先祖様! その通りです。この度の失態は、全てこの私の責任です。あの不良息子をしっかり監督していなかった私が悪かったんです。あいつは、暇さえあれば、人々をどうやって幸せにしてやろうかと考えている悪魔です。その悪魔を矯正するのが私の役目だったのに。学校では、友達の悪い所を探せと教えました。しかし、あいつは、友達の長所しか見ない。ニュースも沢山見せました。現実より醜い世界は、ありませんからね。でもあいつは、どんなに辛いニュースからも一かけらの希望を取り出そうとします。忘れもしません。あいつが七歳の時です。あいつは、黒いマジックで画用紙をグチャグチャに塗りつぶして遊んでいました。私は、ちょうどいい機会だと思って、言ってやったんです。「アラン。これが自殺というものだよ。自殺というものは、この画用紙のように、まっ黒で、グチャグチャなものなんだ」って。そしたらあいつは、「じゃあお父さん、お天道様に光を当ててもらおうよ」って、虫眼鏡をかざして、画用紙を焼いちまったんです。自殺を太陽の光で消し去ってしまったんですよ。あいつは、悪魔です。悪魔は、毎日家族の耳元でささやきます。「ほら。今日も人生は素晴らしい」って。今やリュクレースは、料理自慢を吹聴して、店をカフェのようにしています。マリリンは、肉体的な生きる喜びを、つまりアレを毎晩エルネストと楽しんでいる。仮想世界の住人だったヴィンセントは、今では、すっかり相手の目を見て笑うような塩梅です。するとどうでしょう。ある時突然、私がやって来て事が全部間違いだったんじゃないかって、そんな思いがこみ上げてくる事があるんです。私のしてきたことは、間違いだったのでしょうか?

ご先祖さま           ・・・

ミシマ                  ああ。前は、あれだけはっきり聞こえたご先祖様たちの声が、今はもうすっかり聞こえない。

 

ご先祖様を演じる演者たち、額縁を持ったまま退場してしまう。

 

ミシマ                  それどころか、どんどん遠くへ行かれてしまうようだ。行かないで、ご先祖様! 教えてください。私は、間違っていたのでしょうか?

 

音楽。チャイコフスキー作曲『交響曲第6番《悲愴》』。

演者たちが、黒いフードを被って顔を隠し、手に人形を持って登場。

 

ミシマ                  なんだお前たちは?

人形1                  私は間違っていたかって?

人形2                  そんなこと、今更よく言えるな。

人形3                  これまでお前が、一体どれだけの人の自殺に手を貸してきたか、考えた事はないのか?

 

前半のニュースの場面で死んだ人形たちが現れて、同じ死に方をする。

 

人形4                  ぐさり! ぐえ。

人形5                  ごくり。うえ。

人形6                  ひゅーん。ぐしゃ。

人形1                  びよーん。ぐえ。

人形2              「どうせ死ぬのは一度きり。確実に死にたい方はこちらをタップ。」

人形たち              きゃっきゃっきゃっきゃ!

ミシマ                  やめろ。やめてくれ。俺は、ただ代々続くこの家を守ろうとしただけなんだ。

人形3                  そう。お前は一生懸命、テュヴァッシュ家を守って来た。

人形4                  だが、決して他の人間を守らなかった。

ミシマ                なんで俺があんた達を守らなきゃいけないんだ? 死にたいと言ったのは、あんた達じゃないか。

声                         そう。俺が初めて「死にたい」と人に伝えられたのは、あんたが初めてだった。

 

人形5を持った演者がフードを取ると、面を被った「最初の客」の姿。

 

ミシマ                  あんたは!

最初の客              そんな俺に、あんたはこう言った。

人形たち              「こりゃまだ腹がきまってねえな。」

ミシマ                  ち、ちがう。あれはただ口から出ただけの・・・

最初の客              今のあんたには分かるだろう。自分の体が自分の体じゃないみたいな、この不思議な感覚が。

人形1                  面を。

ミシマ                  やめろ。やめてくれ。

 

演者たちがミシマを覆い隠し、離れるとミシマは面を被っておとなしくなっている。

 

最初の客              こいつは、不思議と人に伝染するんだ。

 

フード姿の演者たち退場。

天井からロープが下りてくる。

ミシマ、椅子の上に立ち、ロープに首を入れる。

暗転。

 

3.死

1.ご先祖様2

「おい起きろ。ミシマ。ミシマ。」という声で明かりがつくと、舞台に立つ五人の演者たち。ミシマは花道に立っている。

五人は、ご先祖様たちなのだが、ミシマは最初気がつかない。

 

ミシマ                  (起きる)ガス?

七代目                  カツ!

ミシマ                  「カツ」って。なんだよガス。

七代目                  私は、ガスではない。

ミシマ                  え? じゃあ誰?

六代目                  (ひそひそ)あれがご先祖様に向かって聞く口の利き方か?

五代目                  まったく最近の若いモンは。

ミシマ                  ご先祖様!? ええ!?

七代目                  不思議はないだろう? お前は死んだのだから。

ミシマ                  あ、そっか。俺、首をくくって。

九代目                  このバカが、自殺なんかしやがって。

ミシマ                  親父?

八代目                  (九代目に注意する)これ。皆さまの前だぞ。

ミシマ                  じいちゃん!

八代目                  久しぶりだな。

ミシマ                  じゃあこの人たちは・・・

七代目                  ワシは、七代目だ。

 

七代目、そういって「七」と書かれたプラカードを出す。

 

六代目                  (同じようにして)ワシは、六代目。

五代目                  (同じようにして)ワシは、五代目。

八代目と九代目    (同じようにプラカードを出す)

ミシマ                  これはどうも・・・(九代目に)他は?

 

八代目はプラカードを裏返す。「四」の文字。

 

四代目                  俺は四代目だ。

三代目(元六代目)           (同じようにして)ワシは、三代目。

二代目(元五代目)           (同じく)ワシは、二代目。

初代(元七代目)              ワシが初代じゃ。

ご先祖様たち       (膝をつき)初代。

ミシマ                  初代!?(目を疑う)

九代目                  隔世遺伝で瓜二つだったんだよ。

初代                     ミシマよ。

ミシマ                  はい!

初代                     お前は、やってはいけないことをしてしまったな。テュヴァッシュ家の人間が自殺するなど。

九代目                  このバカ! 店のものに手をつけやがって。

八代目                  お前の教育が悪かったんじゃないか? お前も昔から手癖が悪かったから。

九代目                  何言うんだよ親父。俺は、親父の言うとおりにやったぜ。

八代目                  ワシのせいか。ワシは、ただただ先代の教えの通りに。(と、七代目を見る)

七代目                  な、俺は親父の。(と、六代目を見る)

六代目                  いや、ワシも親父の。(と、五代目を見る)

 

と、責任のなすりつけ合いが続き、

 

初代                     ワシのせいか?

ご先祖様たち       (焦って)あ! いやいやいや。

ご先祖様たち       初代が悪いなんて。

ご先祖様たち       初代あっての我々ですよ。なあ?

ご先祖様たち       うん。うん。

九代目                  やっぱり、あいつ個人の問題ですよ。

ミシマ                  いや、でも最近色々考えちゃって。

九代目                  それが余計なんだよ。

六代目                  考える暇があるなら働け。

五代目                  そうだそうだ。

ミシマ                  いや、俺もそう思って働こうと思ったんだけど。品物が品物だから。

八代目                  もらっちゃったか。

ミシマ                  はい。

九代目                  その距離感をちゃんと保つのがプロだってあれだけ言っただろう?

ミシマ                  うん。でも一回考えちゃうとダメだ。考えまい、考えまいとしたらどんどんドツボにはまっちゃって。あの、せっかくなんで聞いてもいいですか? ウチは、なんで自殺用品店なんかやってるんでしょう?

全員                     え?

九代目                  なんで?(と、八代目にパスする)

八代目                  え?(と、七代目にパスする)

七代目                  え?(と、六代目にパスする)

六代目                  え?(と、パスはどんどん続いて初代に行きつく)

初代                     またワシか。

二代目                  ここはやっぱり初代が。

初代                     そりゃお前、食えるからだな。

ミシマ                  え? じゃあ「死は人間に与えられた最後の自由」とか、そういう哲学みたいなものは?

四代目                  あ。それ考えたの俺。

ミシマ                  四代目だったんですか?

四代目                  うん。俺ん時は、ロシアでドストエフスキーとか流行ってたから。そういうキャッチコピーがはまると思って。

六代目                  結構はまったんじゃないですか。その頃からでしょう? ウチの商売が起動に乗って、今の場所に店移したの。

四代目                  うん。

ミシマ                  じゃあ、初代は、儲かるからなんとなく始めたと。

ご先祖様たち       (慌てる)

初代                     いや、なんとなくって言われたらあれだけど。その今、言った「自由」とかいう言葉がやたら叫ばれ始めた時だったから。それで。

ミシマ                  自由?

初代                     フランス革命だったから。あれでみんな「うわ~」ってなっちゃってさ。立法だ。司法だ。行政だって。民衆が王様をギロチンにかけてそういうのみんな奪っちゃって「これからは自由だ!」って。そりゃ立派な人はいいよ。でもそうじゃない人はどうすんの? 自由って事は、仕事も住む場所も食べる物も結婚相手も、みんな自分で決めなくちゃいけないんだから。そりゃ疲れるでしょ? その頃からだよ。パン屋とか靴屋の親父が自殺するようになったのは。それで「あ。これ、商売になるぞ」って。

三代目                  さすが初代。先見の明がある。

初代                     あのね。言っとくけど、自由ってことは、孤独ってことだからね。

ご先祖様たち       おお~(拍手)

ミシマ                  孤独。そうなんです。私も自分がいる所だけが、人とズレているような気がして。家族もいました。友人もいました。でもどこか遠くにいるようで。そうだ。孤独だ。孤独が人を殺すんだ。孤独が人を殺す。なんかの本にもあったな。じゃあ、いつから孤独があったんだろう。人間が孤独を獲得してしまった時こそが、自殺の始まり、自殺の起源なんじゃないか。火山に飛び込んだエンペドクレス。動脈を開いて毒を飲んだセネカ。それよりももっと昔。有史以前。人間の最初の自殺は、どこにあったんだろう。

 

初代の演者、語り手として、

 

語り手                  ミシマが自分にそう問いかけた時、そこは霧の立ち込めるジャングルに変わっていた。

 

舞台は突然太古の世界へ。マリンバの音楽。

演者たちはサルになったり、木になってジャングルを表現したりする。

2.サル

 

ミシマ                  え? みなさん? どうしたんですか? ちょっと。親父?

サル(元九代目の演者)    (威嚇)

ミシマ                  じいちゃん?

サル(元八代目)              (威嚇)

ミシマ                  初代。どうしてしまわれたのですか?

サル(元初代)    (ミシマにグルーミングをする)

ミシマ                  ちょっ。毛づくろいですか? やめてくださいよ。サルでもあるまいし。

サルたち              (元九代目、八代目のサルたち、集まって来てミシマにグルーミングする)

ミシマ                  みなさんも。ちょ。僕、ダメなんですよ。くすぐったいの。

サルたち              (グルーミングがスローモーションになる)

ミシマ                  あれ? でもグルーミングも悪くないかなあ。なんて。なんか、頭が、ぼうっとなって、落ち着く。これ。この感じ。俺知ってるぞ。なんだっけ。うほ。

 

スローモーションがほどけると、ミシマもすっかりサルになっている。

仲良くグルーミングをしていたが、一匹のサルが突然木を降りる。

 

最初に木を降りたサル       キイ!

ミシマ                  あれ? どこ行くの?

他のサルたち       キイ!(と続く)

ミシマ                  ダメだよ。木を下りちゃ。危ないって。戻ってこい。戻って来いよ。ホウ!

 

場所が草原に変わる。

それまで木を表現していた演者もサルになる。

一匹のサルがおもむろに地面に落ちている棒切れを拾う。

 

ミシマ                  何持ってんだよ。危ないって。やめろ。やめろ。

 

棒を拾ったサルは、不敵な笑みを浮かべて振り回す。

周りにいたサルも真似をして棒を振り回す。狂気の雄たけび。

結局ミシマも木の枝を手に取り振り回す。

 

ミシマ                  へへ。これも悪くないね。

 

その時、一匹のサルが登場。火を起こす。

他のサルたちの注目が集まる。

 

ミシマ                  何それ。火? へえ。いいじゃん。(火を使うサルにグルーミングしようとする)

火を使うサル       (ミシマを振り払う)%&+*}{|~

ミシマ                  え?

火を使うサル       ‘&%$##“

ミシマ                  え?

火を使うサル       オレココ。オマエ(あっち行け)

ミシマ                  なんだよ。俺とかお前とか。変な言葉使うなよ。

火を使うサル       (むっくりと立ち上がり)オレココ。オマエ(あっち行け)

ミシマ                  だからオレとかオマエとか分けんなって。

火を使うサル       オレ行く。(退場)

ミシマ                  え? ちょっと待って。

他のサルたち       (むっくりとたちあがり口々に)オレ行く。オレ行く。

 

サルたち、みんな退場。

 

ミシマ                  みんな待てよ。オレを一人にすんなって。

 

音楽カットアウト。

 

ミシマ                  はっ! 「オレ」。この言葉だ。俺という一人称を使った時、人は孤独を手に入れたんだ。はは。こりゃどうしようもないや。人は、自分になった時、すでに孤独だったんだ。自殺の遺伝子は、テュヴァッシュ家の遺伝子じゃない。人類全体の遺伝子なんだ。

 

リュクレースが赤ん坊を抱いて登場。

赤ん坊(アラン役の演者)が泣きだす。

 

ミシマ                  ほら。赤ん坊は、泣きながら生まれて来る。自殺の遺伝子を持ってるからな。

リュクレース       あなた。何やってんの。ちょっとこの子お願い。

ミシマ                  あ。はいはい。(赤ん坊を受け取る)どうしたんですかー? うんちですか? おしっこですか?

赤ん坊                  (笑う)

ミシマ                  なんだ。何にもないじゃないか。本当に屈託なく笑うな。

赤ん坊                  (眠る)

ミシマ                  何でだろう。お前が泣くと、俺は、身もふたもなく慌ててしまう。反対にお前が笑うと、俺は、わけもなく嬉しい。ああ。アラン。お前といると、俺は、「オレ」から解放されるんだ。お前の苦しみは、そのまま俺の苦しみ。お前の喜びは、そのまま俺の喜び。アラン。生まれてきてくれて、ありがとう。

赤ん坊                  (くしゃみ)

ミシマ                  うわっ。でっかいクシャミだなあ。リュクレース。ティッシュある?

 

ミシマ、リュクレースの元へ。退場。

その後ろ姿を笑顔で見送るアラン役の演者。

暗転。

鐘楼の音。

明かりつくと、横になったミシマの周りに、リュクレース、ヴィンセント、マリリン、ガス、エルネストの姿。

目を覚ますミシマ。

 

3.新装開店

 

ミシマ                  はっ!

リュクレース       あなた。

ミシマ                  みんな。(頭を押さえて)イタ。俺は生きてるのか?

リュクレース       ダメよ起きちゃ。お医者様がしばらく安静だって。

ミシマ                  そうか。悪かったな。リュクレース。自殺用品を取り扱うのは、もうやめようと思う。

リュクレース       そうしましょう。あなたは、休んで。私がしばらく働きに出るわ。

ミシマ                  働きに出るってどこへ?

リュクレース       まだ分かんないけど、なんか見つかるでしょう。

ミシマ                  それは、困る。お前は店にいてもらわないと。

リュクレース       だってお店を閉めるんでしょう?

ミシマ                  店を閉める? 馬鹿言うな。俺はテュヴァッシュだぞ。十代続くこの店を終わりにするなんてことがあるもんか。

リュクレース       でも今自殺用品は取り扱わないって。

ミシマ                  ちょっと商売替えするだけだ。

リュクレース       商売替え?

ミシマ                  ヴィンセント。(ヴィンセントに耳打ちをする)

ヴィンセント       (一瞬悩むが決意して)はい!

 

ヴィンセント、張り切って退場。

ミシマ、他の皆に目で合図。

みんなが頷いた瞬間、ここはテュヴァッシュ家の店内。沢山の客を前にミシマが新商品の説明をする場面になっている。

 

ミシマ                  さあさあ、みなさん。本日は、当店が独自に開発したVRゴーグルをご紹介いたします。こちらを身に着けていただければ、お客様は、仮想現実の中で自殺を行うことが出来ます。モードは3つ。古今東西の有名人の自殺を体験できるストーリーモード。実際に自殺で亡くなられた方々の手記をリアルに追体験できるドキュメンタリーモード。最後は、お客様ご自身の身近な体験をきっかけにして自殺まで終わらせてしまうリアルモード。さあ、今日は商品開発を担当したヴィンセント・テュヴァッシュに挨拶をしていただきましょう。どうぞ。

ヴィンセント       みなさん。自殺は、人間にプリインストールされたアプリケーションのようなものです。意識の力で抑えようとしてもそれはなかなかできません。是非、仮想現実の中でそのアプリケーションを発動させて、自殺の遺伝子を発散させてください。

ミシマ                  はい。そして、仮想自殺を体験後のお客様には、もれなく当店の名パティシェ、リュクレース・テュヴァッシュが焼いたクレープをお楽しみいただけます。

 

リュクレース、クレープを持って登場。

マリリンとエルネストは、ティーカップを持って登場。

 

リュクレース       甘いどくろ型のクレープを召し上がれ。

マリリン              ティーバッグを首吊りになぞらえたスーサイド・ティーもご一緒にどうぞ。

ミシマ                  仮想自殺専門店テュヴァッシュ。新装開店でございます!

 

陽気に接客するミシマ達。

ガスが様子を見に来る。

 

ガス                     大繁盛じゃないか。リピーターもいっぱいいるんだろう?

ミシマ                  すまんな。お前んとこに客を回せなくて。

ガス                     馬鹿言うな。ウチは創業335年だぞ。どうってことないよ。それより変われば変わるもんだな。あのヴィンセントも今や立派な青年じゃないか。

ミシマ                  ああ。みんなアランのおかげさ。

ガス                     アラン? アランって誰だ?

ミシマ                  何言ってんだ。アランはウチの次男坊にして悪魔。いや、天使じゃないか。

ガス                     次男坊? おまえんとこは、ヴィンセントとマリリンの二人兄弟じゃないか。

ミシマ                  え?

ガス                     ははは。それとも三人目を作るつもりかな。元気だねえ。

リュクレース       ちょっと。あなた達、何ぼうっと突っ立ってんの? ガスも暇なら手伝ってよ。

ガス                     おう。

ミシマ                  (わけがわからない)

 

その時、アランが花道に登場。

 

アラン                  お父さん。(ミシマの元へ)

 

スローモーション。(アランとミシマ以外)

 

ミシマ                  アラン・・・(アランの元へ)

 

アラン、ミシマに握手を求める。

ミシマ、その握手に応じようとした瞬間、いたずらに手を引っ込めるアラン。

音楽。ジャンゴ・ラインハルト『Minor Swing』。

アラン、笑いながら退場。

それを見送るミシマ。狐につままれたような顔が、どこか納得した笑みに変わる。

 

リュクレース       あなた!

ミシマ                  はいはい。

 

スローモーション終わり。

駆け抜けるようなジプシースウィングの中、働くテュヴァッシュ家の人々。

盛り上がる音楽の中暗転、明かりがつくと演者が整列している。

FIN