『ちゃんぷるー』
脚本 西上寛樹
※本作品は鹿児島県子ども劇場と児演協(児童・青少年演劇劇団協同組合)のコラボ作品です。脚本は、鹿児島県子ども劇場の中高生や青年、大人たちと一緒に沖縄ツアーを体験し、その中で形作られました。劇中の人物の多くは、鹿児島の中高生たちがワークショップの中で生み出したキャラクターたちです。
本戯曲は2016年8月18~21日の上演台本に作者が一部手を加えたものです。
縦書きのものをご覧になられたい方は、 info@amano-jaku.com までご連絡をお願いいたします。
登場人物
麻生華蓮(かれん)…14歳
新垣キク…15歳
中山愛梨(あいり)…14歳
久留夜白(やしろ)…14歳
宮城ミツ…15歳
他
佐藤先生
軍医
ガイド
学芸員
解説員
生徒たち
負傷兵
ジンベエザメ
スマホ など
場割り
- 那覇空港
- 首里城
- ビジネスホテル1
- ひめゆり平和祈念資料館
- 美ら海水族館
- むら咲村
- ビジネスホテル2
- キクの記憶
- 意識の世界
- ビジネスホテル3
- 伊原第一外科壕
※便宜上場割りを振っていますが、場面転換が必ずしも必要というわけではありません。
那覇空港
生徒たち登場。
生徒 せえーのっ
生徒 沖縄じょーりーく。
夜白 やば。あっつ。
生徒 なんかモワッとしてるモワッと。
生徒 なんで?クーラー効いてて涼しいじゃん?
夜白 あ、ほんとだ。
生徒 冷めること言うな。こーゆーのは気分が大事なんだよ気分が。
生徒 だってここまだ空港だし。
生徒 荷物まだー?
生徒 あ。シーサー。
生徒 どこどこどこ?
生徒 ほら。あのポスター。
生徒 ポスターかよ。
生徒 ちょっと男子うるさい。
生徒 はあ?うるせえのは女子だろ。
生徒 ちょっとみんな下見ろ。那覇空港の点字ブロック茶色だぜ。
男子 すげえ~
生徒 男子消えろ。
生徒 女子死ね。
夜白 あ~おみやげ買いてえ~
生徒 え?いきなり?
夜白 なにがいきなり?
生徒 いや、まだどこも行ってないし。
夜白 どっか行くんだっけ?
生徒 行くだろ修学旅行だぞ。
生徒 首里城。
生徒 ひめゆり。
生徒 美ら海(ちゅらうみ)水族館。
夜白 そういうの興味ない。
生徒 え?じゃあ夜白(やしろ)、何しに来たの?
夜白 おみやげ買いに。
佐藤先生、登場。
佐藤 みんな荷物取ったか~?
生徒 はーい。
佐藤 じゃあ揃った班からロビー集合。
生徒たち、退場。
華蓮と愛梨が残る。
佐藤 どうした麻生(あそう)?
華蓮 いや、私じゃないし。
佐藤 中山か。荷物出てこないのか。
中山 出てきたんですけどまた行っちゃって。
佐藤 じゃ先生、先にロビー出てるから。(行こうとする)
華蓮 (ついていく)
佐藤 お前は一緒にいるだろう。
華蓮 えー?
佐藤 「えー?」じゃない。班行動。
佐藤、退場。
華蓮と愛梨、荷物が出てくるの待つ。
なかなか出てこない。華蓮、イライラしてくる。
愛梨 華蓮ちゃんごめんね。私のせいで。
華蓮 麻生。
愛梨 え?
華蓮 名字で呼んで。私も中山さんでいくし。
愛梨 でもせっかく同じ班になったことだし。
華蓮 好きでなったんじゃねーよ。
荷物、出てこない。
愛梨 最後の日の自由行動だけど。そろそろどうするか決めないと。
華蓮 別に一緒に行動しなくていいんじゃない?自由行動なんだし。
愛梨 でも班行動だって先生が。
華蓮 うっざ。
愛梨 私、珊瑚のアクセサリー作りとかしたいんだけど。
華蓮 反対。
愛梨 じゃあ紅型(びんがた)染体験は?
華蓮 反対。
愛梨 Tシャツ作り。
華蓮 反対。
愛梨 どうしよう。これじゃ思い出作れない。
華蓮 思い出なんかいらねーよ。
荷物、出てこない。
愛梨 あの華蓮ちゃん。
華蓮 だから名前で呼ぶなって。
愛梨 持ってた。
華蓮 え?
愛梨 私、荷物持ってた。(背負っていた)
華蓮 「五月二十三日。私の修学旅行はこうしてスタートしました。」
ガイドが登場。
首里城
ガイド めんそ~れ~。はい、みなさん。首里城の名所守礼門(しゅれいもん)ですよ。この門は様々な人々が通り抜けてきた門なんですよー。中国の皇帝のお使いさんとかですね。江戸時代沖縄に攻め込んできた薩摩軍とかですね。それからペリー。黒船で有名なペリーもね。浦賀に向かう前にこの沖縄に立ち寄ってたんですよ。
愛梨 え?ガイドさん。じゃあペリーもこの門をくぐったってことですか?
ガイド はい焼ける前の守礼門ですけどね。
愛梨 焼ける前?
ガイド 本物の守礼門は戦争で焼けてしまったんです。
愛梨 戦争ってもしかして
ガイド 太平洋戦争です。この首里は沖縄戦の激戦地でした。このあたりの建物は戦争でみんな焼けています。この守礼門は戦争が終わってから建て直したレプリカなんですよ。まあ、そういうことにですね。思いを巡らせながら守礼門くぐっていきましょーねー。
愛梨 はーい。
華蓮 ちょっと中山さん。
愛梨 なに?
華蓮 空気読んで。
愛梨 なんのこと?
華蓮 前行き過ぎ。
愛梨 あ、ごめん。私話してるとだんだんその人に近寄っちゃう癖があって。
華蓮 なにその癖。とにかく気を付けて。みんな見てるから。
愛梨 え?それは別にいいんだけど。
華蓮 良くないよ。私も一緒に見られるんだから。
愛梨 分かった。気を付けます。
ガイド 先進んでますよー。早くきてくださーい。
愛梨 はーい。
二人、退場。
華蓮の回想。女子達の会話。
女子 なんかさ。華蓮ちゃんの笑顔ってビミョーじゃない?
女子 ビミョー。目が笑ってないっていうか。
女子 そうそうそう。口は笑ってるのに目が笑ってないの。
女子達 こわ~い。
女子 あ。
華蓮、登場。
女子 あのね。修学旅行の班決めだけど、私たち三人班でいこうって話してたんだ。
華蓮 え?一緒になろうって話してたよね。
女子 でもまあそういうことっす。
華蓮 ちょっと待ってよ。
女子 だって華蓮ちゃん。私たちといても楽しくないんでしょ。
華蓮 なんで?楽しいよ。
女子 だって目が笑ってないじゃん。
女子達 目が笑ってないじゃん。
回想終わり。
愛梨が登場し、日記をつけている。
ビジネスホテル
愛梨 「五月二十三日。真っ赤な首里城の屋根の上にはシャチホコの代わりに龍が飾られていて、まるで中国のお城のようでした。でも唐破風(からはふ)と呼ばれる屋根の作りは日本の建築方法を使っているということで、これは琉球王国が日本と中国どちらにも礼を尽くしますが、どちらからも独立した国家ですよという無言のアピールだったという事です。ガイドさんのお話は分かりやすくてとても面白かったです。」
華蓮も日記をつけている。
華蓮 「首里城に行きました。守礼門を見ました。面白かったです。」
愛梨 華蓮ちゃん。
華蓮 (にらむ)
愛梨 (言い直す)麻生さん。どんな事書いたの?
華蓮 てきとー
愛梨 え?
華蓮 だって本当の事書いたら先生引くでしょ。
愛梨 そうかな。でも首里城面白かったよね?
華蓮 別に。
愛梨 ガイドさん、お話上手だったし。
華蓮 普通でしょ。
愛梨 明日はひめゆり平和祈念資料館だね。私ちょっと怖いな。ああいう場所では体調崩しちゃう人いるっていうし。麻生さんは大丈夫?そういうの。
華蓮 何が?
愛梨 霊感とか強い方?
華蓮 別に。っていうかちょっと。
愛梨 何?
華蓮 近い。
愛梨 あ、ごめん。
華蓮 お風呂入ったら?
愛梨 え?
華蓮 お風呂。
愛梨 うん。じゃあそうする。
愛梨、お風呂へ。
華蓮、愛梨が出ていったのを確認してスマホを操作する。
華蓮 え、が、お。スペース。つ、く、り、つくりかた。Enter。
突然、歌とともにスマホの画面が立ち上がる。(スマホは俳優が演じる)
スマホ for me ビューティー♪
ビミョーな笑顔は卒業♪
あなたの人生180度変わる♪
自然な笑顔♪
はーい。自然な笑顔のつもりでも、人から「笑顔がビミョー」なんて言われることはありませんか?そこで今回は、普段から自然な笑顔を作るための方法を考えてみました!まずは口角アップで笑顔力アップ!笑顔の一番のポイントといえば口角。では早速トレーニング。口角をあげて5秒キープ。
華蓮、言うとおりにする。
スマホ 1,2,3,4,5。ではそのまま大きく笑う。はっはっはっは。
華蓮 はっはっはっは。
スマホ 次は三日月目。笑顔の時の目は、三日月を寝かせた形にするのがベスト。では目を細めて。目じりを下げて。その状態ではっはっはっは。
華蓮 はっはっはっは。
スマホ 不自然ですね~。そんなんじゃ「目が笑ってない」って言われちゃうぞ。
華蓮 え?ダメダメダメ。やるから。ちゃんとやるから。
スマホ じゃあ割りばし出して。
華蓮、割りばしを出す。
スマホ 割りばしを割って口にはさむ。
華蓮 どうやって…
スマホ こう!
華蓮、真似をする。
スマホ その状態ではっはっはっは。
華蓮 はっはっはっは。
スマホ はっはっはっは。
華蓮 はっはっはっは。
スマホ はっはっはっは。
華蓮 はっはっはっは。
愛梨、登場。
愛梨 なにしてるの?
華蓮 は!
華蓮、スマホを切って体裁を繕う。
華蓮 もう出たの?
愛梨 うん。麻生さんもどうぞ。
華蓮 私朝入るからいい。じゃあもう寝よっか。
愛梨 もう?まだ九時なのに。
華蓮 でもすることないし。
愛梨 じゃあ、せっかくだからお喋りとか。
華蓮 私、趣味合わない人とお喋りしないんだ。
愛梨 え?麻生さん趣味あるの?何?
華蓮 そういうのが趣味合わないって言うんだよ。
愛梨 そっか。
華蓮 おやすみ。
華蓮、布団に入る。
愛梨 あの…私と同じ班になったこと後悔してる?
華蓮 (無視)
愛梨 ごめん。
華蓮 なんで中山さんが謝んの?
愛梨 ごめん。
佐藤先生、登場。
ひめゆり平和祈念資料館
佐藤 バスから降りたらダラダラしない。まだ喋ってる人がいます。喋ってる人がいなくなるまで先生いつまでもこうして待ってますよ。ひめゆり平和祈念資料館にやって来ました。今から元ひめゆり学徒隊の方の映像を見せて頂きます。一生懸命見るように。
映像が始まる。
華蓮 「五月二十四日。修学旅行二日目。ひめゆり平和祈念資料館でひめゆり学徒隊の映像をみました。私は全然見ていませんでした。」
映像、終わる。
佐藤 はい。しっかり心で受け止めましたか?今、みんなの心には、色々な思いが生まれていると思います。
それを大切にするように。それでは、これから展示室を回ります。
佐藤、愛梨、華蓮 展示ブースへ。
華蓮 「展示室には、戦争の年表やガマと呼ばれる洞窟型の大きな模型がありました。その先の部屋には戦争で死んでいった女の子たちの写真が飾られていました。」
佐藤、愛梨退場。華蓮、写真を見る。一枚の写真の前で足を止める。
華蓮 「その写真は少し変でした。何が変って、その写真に写った女の子が、白い歯を見せてにっこり笑っていたからです。」新垣(あらがき)キク。十五歳。シロツメクサが好きだった。なにこれ…
時空が歪む。
声 スカート。白い靴下。いい匂い。いいなあ。
華蓮 え?誰?
声 え?私の声が聞こえる?
華蓮 誰?誰なの?
声 私の声が聞こえるのね!
華蓮 ・・何コレ
時空がさらに歪む。逃げ出す華蓮。声が追いかけてくる。
華蓮 なに?なんなの?
声 待って。お願い!
華蓮 やだ、嘘、いや!
声 私の声が届いた。誰にも聞こえなかったのに。
華蓮 来ないで!
声 誰にも届かなかったのに!
華蓮 いや〜!
華蓮、必死に逃げ回り、外に出る。
無我夢中で行きついた先は、伊原(いはら)第一外科壕跡。シロツメクサが咲いている。
華蓮 シロツメクサ…(碑を読む)伊原(いはら)第一外科壕跡?
声 そう。ここが伊原第一外科壕。
再び空間が歪む。声が華蓮の中に入って来る。
意識を失い倒れる華蓮。起き上がると、別人のようになっている。
華蓮 …まぶしい。(修学旅行のしおりを見つけて読む)修学旅行?あそうかれん…スカート。白い靴下。いい匂い…私、生きてる!(退場)
所変わって資料館前。
愛梨、登場。手には二つのジュースを持っている。
夜白と生徒が登場。
夜白 おみやげ買ったぞー
生徒 おみやげ買ったぞー
夜白 おれはこれ。
生徒 おれはこれ。
夜白 ちょっと着てみる?
生徒 ちょっと着てみよっか?
二人、Tシャツを着る。
生徒 「島人(しまんちゅ)」
夜白 「海人(うみんちゅ)」
生徒 「めんそーれ」
夜白 「あきじゃびよ」
生徒 「ごーやちゃんぷるー」
夜白 「グァバジュース」
生徒 「ハブに注意」
夜白 「ほめられて伸びるタイプです」
生徒 それ沖縄関係なくない?
夜白 ほんとだ。ちっくしょー。
生徒 ちーん。
愛梨 (突然叫ぶ)どうして?
二人 (驚く)
愛梨 どうして班行動してくれないの?どうして一人で行っちゃうの?私と一緒なのがそんなに嫌なの?
夜白 なんだよいきなり。
愛梨 どうして?どうして?
夜白 分かったから。ちょっと落ち着けよ。っていうか近い。
愛梨 あ、ごめん。
夜白 で?
愛梨 そりゃあ私も気にしてなかったよ。展示室の資料ずっと読んでたよ。でも先行きたいなら行きたいで、声くらいかけてくれてもいいんじゃないかな?黙っていなくならなくてもいいんじゃないかな?私だって一緒におみやげ選んだりしたいよ。ジュースも一緒に飲みたいよ。
生徒 何の話?
愛梨 華蓮ちゃん。
生徒 なんだ女のもめ事か。
夜白 いこーぜ。
生徒 女のもめ事に関わると面倒くせーからな。
夜白、生徒退場。
華蓮、登場。
愛梨 華蓮ちゃん!
華蓮 え?
愛梨 (言い直す)麻生さん!
華蓮 あそうかれん…私のことだ!
愛梨 もう!どこ行ってたの?
華蓮 あなたは?
愛梨 私?私は資料館出て華蓮ちゃん探して…
華蓮 そうじゃなくてお名前。
愛梨 名前?中山だけど。
華蓮 下のお名前は?
愛梨 愛梨。
華蓮 素敵なお名前。よろしくね。愛梨ちゃん!
愛梨 え?あ、うん。よろしく。
華蓮 ねえ、見て。
華蓮、その場でひらっと回ってスカートをなびかせる。
華蓮 スカート。白い靴下。いい匂い。あれ?愛梨ちゃん何それ?
愛梨 グアバジュース。麻生さんと一緒に飲もうと思って買ったんだけど。
華蓮 え?いただいていいの?ありがとうー
愛梨 氷解けちゃったから美味しくないよ。
華蓮 (飲んで)おいしい。
愛梨 本当?
華蓮 こんなにおいしいもの生まれて初めて。
愛梨 そんな大げさな。(飲む)おいしい!
華蓮 ねえ愛梨ちゃん。その麻生さんって言うのなんだか嫌だわ。名前で呼んで。
愛梨 え?…うん。(呼んで見る)華蓮ちゃん。
華蓮 ハイ!
愛梨 いや、華蓮ちゃん、なんか変。その…別人みたい。
華蓮 え?(取り繕って)もう。冗談。私、実は愛梨ちゃんに遠慮してたのよ。
愛梨 え?そうだったの?
華蓮 そうよ。でももう慣れちゃった。これが本当の私。
愛梨 ほんとに?
愛梨 ほんとに。
愛梨 なんだそうだったのかー
華蓮 そんなことより時間がもったいないわ。どうしましょう?
愛梨 じゃあおみやげ見る?
華蓮 素敵。行きましょう。
華蓮と愛梨、おみやげやに入る。
華蓮 うわあ。お菓子がいっぱい。
愛梨 ちんすこう。さーたーあんだぎー。(食べる)
華蓮 愛梨ちゃんダメよ。勝手に食べちゃ。
愛梨 平気だよ。試食だもん。
華蓮 シショク?
愛梨 うん。(食べながら)ちんすこうってこういう味なんだ。
華蓮 え?じゃあ、私も食べていいの?
愛梨 もちろん。
つばを飲み込む華蓮。決意を決めて食べる。驚きの表情。
愛梨 え?変な味した?
華蓮 甘い!
愛梨 華蓮ちゃん。なんか大げさ。
華蓮 大げさじゃないわ。こんなにおいしいもの私生まれて初めて。
愛梨 それさっきも言ってなかった?(と、別のお菓子を渡す)
華蓮 (食べる)おいし~
愛梨 華蓮ちゃん可愛いなあ。
華蓮 もう!からかわないで。
二人、お菓子を物色して歩く。おもむろに歌いだす華蓮。
華蓮 ♪お菓子の好きな巴里娘(ぱりむすめ)
二人そろえばいそいそと
角の菓子屋へ「ボンジュール」
選(よ)る間も遅しエクレール
腰も掛けずにむしゃむしゃと
食べて口拭く巴里娘♪
愛梨 何その歌。
華蓮 「お菓子と娘」。私の好きな歌。
佐藤先生、登場。
佐藤 集合時間だぞ。バス乗れー。
二人 はーい。
華蓮と愛梨、バスの座席へ。眠る二人。突然華蓮が立ち上がる。
時空が歪む。意識の世界。
華蓮 ここはどこ?真っ暗で何も見えない。
「お菓子と娘」がうっすらと聞こえてくる。
華蓮 なにこの歌?誰が歌ってるの?え?私?
蛍が飛ぶ。
華蓮 蛍だ。
華蓮、蛍の方に行こうとするが足が進まない。
華蓮 あれ?足が動かない。
愛梨の声 華蓮ちゃん。華蓮ちゃん。
華蓮、目覚める。
華蓮 あれ?愛梨ちゃんどうしたの?
愛梨 バス着いたよ。
華蓮 どこに?
愛梨 美ら海水族館!
美ら海水族館
解説員、登場。
解説員 美ら海水族館にめんそーれー。長さ35メートル、幅27メートル、深さ10メートル、容量7500
トン。この美ら海水族館の巨大水槽は日本一の大きさでございます。
二人 うわあ~。おおきい~
解説員 お客さま、お客さま。
愛梨 はい。
解説員 巨大水槽はもっと奥でございます。今お客さまがご覧になってるのはイノーの海という小さな水槽で
す。このイノーの海。別名タッチプールと言いまして、ここにいる生き物はなんと、おさわりOKでご
ざいます。
華蓮 え?さわってもいいんですか?
解説員 どうぞ。
華蓮 どうする愛梨ちゃん。
愛梨 さわりたいけどちょっと怖い。
解説員 そこを思い切って。
二人、手を伸ばす。
愛梨 なんかプニプニしてる。
解説員 お二人が触っているのはニセクロナマコでございます。
二人 ナマコ!
華蓮 ちょっと愛梨ちゃん。ナマコが何か吐き出したわよ。
解説員 内臓です。ナマコはびっくりすると自分の内臓を吐き出して逃げるという技を持っています。あ、ご心
配なく。内臓は二、三か月で元に戻ります。
華蓮 すごい。
愛梨 あれは何ですか?
解説員 あちらはマンジュウヒトデでございます。
愛梨、手を伸ばす。
愛梨 こっちはザラッとしてる。
華蓮、その隙にナマコを取って、愛梨の首筋にあてる。
愛梨 なになになになに?
華蓮 ナマコ。
愛梨 ちょっと華蓮ちゃんやめてよ。
解説員 そちらのお客様。生き物を海水から出さないでください。
華蓮 へへへ。怒られちゃった。
愛梨 もう。
華蓮 行きましょう。
愛梨 うん。
二人、次のゾーンへ進む。
解説員 ここは熱帯魚の海のコーナーでございます。こちらでは、沖縄周辺の珊瑚の海に生息する魚たちをご覧いただけます。
二人 うわ~美味しそ~!
解説員 パネルに魚の名前が書いてありますから探してみてください。
愛梨 ええっと、あれがアカハタ。これはコロダイ。そっちのがホシミゾイサキで、あっちのがアジ。
解説員 はい。それらは全て和名ですね。沖縄では別の名前で呼ばれています。アカハタから順番に言いますと、ハンゴー。ジューグアークレー。
愛梨 沖縄だと全然別の名前なんだ。
解説員 そしてホシミゾイサキが
華蓮 ガクガク。
解説員 その通り。アジが
華蓮 ガーラ。
華蓮、続けざまに魚を名指ししていく。
華蓮 カチュー。ウキムルー。ウシシビ。
解説員 (和名で言い直す)カツオ。カンパチ。クロマグロ。大当たり。
愛梨 華蓮ちゃんすごい。勉強してきたの?
華蓮 何言ってるのみっちゃん。こんなの常識じゃない?
愛梨 みっちゃん?みっちゃんて誰?
華蓮 え?あ、間違えちゃった。私何言ってんだろ。愛梨ちゃんよね。愛梨ちゃん。へへへ。
アナウンス ご来場の皆様にお知らせいたします。ジンベエザメのエサの時間がやって来ました。皆さま、ぜひ黒
潮の海水槽前にお集まりください。
華蓮 ジンベエザメだって。行こう!
二人、黒潮の海水槽前へ。
解説員 ご来場ありがとうございます。それでは当水族館のメインイベント、ジンベエザメによる垂直採食をご覧いただきたいと思います。垂直採食とは、ジンベエザメが海面に向けて立ち上がるように体を立てた姿勢で、海水ごとエサを飲み込む姿のことを申します。全長8・5メートルのジンベエザメが自然の通りの姿で垂直採食が行えるのは日本では当水族館のみでございます。さあ職員がエサを投げました。ご覧ください。これが巨大ジンベエザメの垂直採食でございます。
と言って解説員はジンベエザメが垂直採食を行う、という大道芸をする。
二人 おお~
解説員 ご覧いただけましたでしょうか?これがジンベエザメの垂直採食。え?よく分からない?そちらのお客様。目で見てはいけません。こちらのお客様のように清らかな心で楽しんでください。そうすれば、巨大ジンベエザメの雄姿が目の前にありありと見えるはずです。さあ、またやってきましたよ。見えましたら拍手喝采のほどよろしくお願いいたします。
と言って解説員は再びジンベエザメが垂直採食を行う、という大道芸をする。
二人 おお~(拍手)
解説員 温かい拍手ありがとうございます。ありがとうございます。
愛梨 すごいね。
華蓮 なんだか自分も深い海の中にいるような気分。
解説員 さ、またやって来ましたよ。
再び大道芸。
華蓮の様子がおかしくなる。大道芸がスローモーションになる。
遠くで「ちょっと!」「ここから出して」の声。
その声は、他の人物には聞こえていない。
大道芸のスローモーション、終わる。
華蓮の様子、元に戻る。
愛梨 (華蓮の様子に気がついて)華蓮ちゃん大丈夫?疲れちゃった?
華蓮 まさか。私これ位じゃ疲れないわよ。
解説員 以上でジンベエザメによる垂直採食は終了です。本日はご来場まことにありがとうございました。
華蓮 愛梨ちゃん。次は何?
愛梨 エイサー体験!
むら咲村(むらさきむら)
太鼓を持ってエイサーを踊る二人。
愛梨、たどたどしい動き。華蓮は軽やかな身のこなし。
華蓮、太鼓を置いて、古いエイサーのスタイルである手踊りのエイサーを始める。
思わず見とれて太鼓を置く愛梨。
愛梨 華蓮ちゃんすごい。本当の沖縄の人みたい。
華蓮 (はっとしてやめる)あきじゃびよ。何言うの?
愛梨 ほら。あきじゃびよって沖縄の人がびっくりした時に使う言葉だよね。なんで華蓮ちゃんが知ってるの?
華蓮 え?それは、ほら。おみやげ屋のおじさんが言ってたでしょ。
愛梨 そうだっけ?
華蓮 そうよ。
愛梨 あやしい。華蓮ちゃんてもしかして…
華蓮 な、なに?
愛梨 沖縄に恋人がかいる?
華蓮 恋人!?(笑って)いるわけないじゃない。実はね、お母さんのいとこが沖縄の人で、小っちゃい頃その人によく面倒見てもらってたの。エイサーもその人に教えてもらったの。
愛梨 なあんだ。
華蓮 ふうー
愛梨 (何かに気がついて)うん?
華蓮 え?今度は何?
愛梨 これなんの音?
飛行機の音。だんだん近づいてきて、建物を揺らすほど大きくなる。
飛行機、飛んでいく。
愛梨 あれアメリカの戦闘機だよね。この辺は米軍基地が近いって先生言ってたもんね。
突っ伏している華蓮。
愛梨 華蓮ちゃんどうしたの?大丈夫?
華蓮、立ち上がるとひどく消耗している。
華蓮 蛍・・
愛梨 蛍?
華蓮 (愛梨に気づいて)中山さん?戻った。私。戻った。ここどこ?
愛梨 むら咲き村。
華蓮 私何してた?
愛梨 何って今エイサー踊ってたでしょ?
華蓮 踊ってない。ずっと暗闇にいた。それ私じゃない!
愛梨 え?
華蓮 私の中に誰かがいる!
愛梨 どういうこと?
華蓮 それが分かんないの。ああ!(突然倒れる)足が…足が痛い!
愛梨 華蓮ちゃん?ちょっと先生。先生!
華蓮 (力をふりしぼって)中山さん。これ。
華蓮、スマホを出す。
愛梨 スマホ?
華蓮 調べて。
愛梨 調べるって何を?
華蓮 歌!
愛梨 歌?
華蓮 お菓子がなんとかって歌。
愛梨 「お菓子と娘」?
華蓮 それ。あんな歌、私知らない。何か分かるかも。
愛梨 でもどうやって?
華蓮 だからこれで。
愛梨 え?私スマホ分かんない。
華蓮 ええ?
華蓮の様子がひどくなる。
華蓮 お願い。画面スライドして、検索ってところで文字打つだけだから。
愛梨 分かった。やってみる。
愛梨、スマホを操作する。
華蓮 どう?
愛梨 なんか電話かけちゃった。
華蓮 ええ?
愛梨 ごめん。
華蓮 もうダメ。(倒れる)
愛梨 華蓮ちゃん?先生!先生!
華蓮、起き上がると晴れやかな表情になっている。
華蓮 愛梨ちゃん。
愛梨 え?華蓮ちゃん?
華蓮 ごめんなさい。私、今変な事言ってたでしょう?なんて言ってた?
愛梨 え?それは…
華蓮 お願い。隠し事はしないで。
佐藤先生、登場。
佐藤 どうした?なんかあったのか?
華蓮 何でもありません。
佐藤 いや、呼んでただろ。
華蓮 何でもありません。
佐藤 そっか。別に何もなきゃいいんだが。
佐藤、スマホに気がつく。
佐藤 中山、お前何持ってんだ?
愛梨 あ、これは
佐藤 出しなさい。スマホじゃないか。修学旅行中は出さない約束だろ。
愛梨 いや、これ、私のじゃなくて華蓮ちゃんの。
佐藤 なんだ麻生のか。麻生、そうなのか?
華蓮 そうみたいです。
佐藤 なんだ「そうみたいです」って。先生、預かっとくぞ。いいな?(行こうとする)
愛梨 あ…
佐藤 どうした中山?
愛梨 いや、なんでもないです。
佐藤、退場。
華蓮 私たちも行こう。(先に行く)
愛梨 …
華蓮 ほら。みっちゃん!(退場)
愛梨 みっちゃん…
ビジネスホテル2
日記をつけている愛梨と華蓮。
愛梨 「五月二十四日。今日は盛りだくさんの内容でした。朝はひめゆり平和祈念資料館。昼過ぎに美ら海水族館。そのあとむら咲村にも行きました。」
華蓮 「生まれて初めて水族館を訪れました。色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ様子は、まるでおとぎ話の竜宮城にいるようでした。」
愛梨 「ひめゆりの資料館で私は動けなくなりました。生存者の日記があまりに重たいものだったからです。私の小さな心ではとても受け止めきれませんでした。」
華蓮 「甘いものをたくさん食べました。ほっぺが落ちるほど食べました。ほっぺが落ちてもいい。虫歯になってもいい。そう思いました。甘いものを好きな時に好きなだけ食べられる幸せ。これ以上の幸せが一体どこにあるでしょう。」ねえ。何書いたの?
愛梨 ひめゆりのこと。
華蓮 ひめゆり。
愛梨 うん。あそこで読んだ日記の事。日付けもね。ちょうど今とかぶってるんだよ。
愛梨、鞄から「ひめゆりの手記」を出す。
愛梨 買ってきたんだ。(開いて)ほら。ここ。五月二十四日。頭がかゆいと言った兵隊さんの包帯を外すと…
華蓮 よして。
愛梨 どうしたの?
華蓮 私、そういうの見たくない。
愛梨 ごめん。
華蓮 そんなことより楽しいお話をしましょうよ。明日はどこに行くの?
愛梨 国際通りで自由行動。
華蓮 素敵!じゃあ明日もずっと一緒ね。
愛梨 え?華蓮ちゃん私と一緒は嫌だから別行動するって。
華蓮 そんなのいや。私、あなたと一緒じゃなきゃ絶対いや。ね?お願い。
愛梨 …
その時、電話が鳴る。
愛梨 (出る)もしもし。あ、はい。分かりました。(受話器を置いて)華蓮ちゃん、先生がスマホ返すから来なさいって。
華蓮 分かった。行ってくるね。
華蓮、退場。
愛梨、華蓮の後姿をじっと見送る。そして華蓮の日記に目を移す。意を決して日記を手に取る。
愛梨 「生まれて初めて水族館を訪れました。色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ様子は、まるでおとぎ話の竜宮城にいるようだと、みっちゃんが言いました。」「甘いものが好きな時に好きなだけ食べられる幸せ。これ以上の幸せが一体どこにあるでしょう。と言ったら、みっちゃんは笑っていました。」なにこれ?
ドアをノックする音。
愛梨、ドアを開ける。
夜白。
愛梨 なんだ。夜白君かあ。
夜白 麻生いる?
愛梨 いない。先生に呼ばれてる。
夜白 そう。じゃ、いいや。
愛梨 待って。どうしたの?
夜白 いや、あいつからスマホに着信あって、かけ直したけど出ないから。
愛梨 着信?それ、もしかして私がかけたやつかも。何時ごろ?
夜白 (スマホを確認して)四時半。
愛梨 やっぱり。ごめん。それ間違い電話。
夜白 なんだ。じゃ。
愛梨 ちょっと待って。それスマホ?
夜白 そうだけど。
愛梨 じゃあお願い。ちょっと調べて欲しいことがあるの。
夜白 いいけど、ちょっと離れて。
愛梨 あ、ごめん。
夜白 で、なに?
愛梨 「お菓子と娘」。
夜白 「お菓子と娘」?
愛梨 歌のタイトルなの。
夜白 (検索して)出たよ。これ?
「お菓子と娘」が流れる。
愛梨 これだ。
夜白 なんかすげえ昔っぽくない?昭和三年だって。
愛梨 昭和三年?
夜白 この曲がどうしたの?
愛梨 うん。あのね。夜白君。華蓮ちゃんって最近ちょっと変だと思わない?
夜白 あいつは中学入ってからずっと変だろ。
愛梨 え?いや、そういうのじゃなくて今日一日。
夜白 さあ。あんま見てないから。
愛梨 これ見て。
夜白 麻生の日記じゃん。いいよ。俺、人の日記見たくない。
愛梨 そうだけど。見て。ここ。「みっちゃん」って書いてあるでしょ。みっちゃんって誰?そんな子、ウチのクラスにいないよ。それに華蓮ちゃんは今日一日ずっと私と一緒にいたんだから。
夜白 (不審に思って日記を見る)
愛梨 ね。変でしょ?
そこに華蓮が戻って来る。
華蓮 ただいま。
夜白 麻生。
華蓮 あれ?どなた?
夜白 は?どなたじゃねーよ。お前変過ぎるだろ。
華蓮 私の日記。どういうこと?勝手に見たの?
愛梨 ごめん。私華蓮ちゃんの事が心配で…みっちゃんって誰?
華蓮 やめて。
夜白 (スマホを出して)この曲何なんだよ。
華蓮 やめて。
愛梨 華蓮ちゃんなんでこんな昔の曲知ってるの?
夜白 なんか言えよ。麻生!
華蓮 やめてー
意識の世界。
遠くで「お菓子と娘」の曲がうっすら聞こえている。
座り込んで寝ていた華蓮。目を覚ます。かなり消耗している。
華蓮 あれ?また寝ちゃった。なんか、すごくだるい。
「みっちゃん」という声。何度も繰り返される。
華蓮 みっちゃん?
蛍が飛ぶ。
華蓮 蛍。すごい増えてる。綺麗。でも、もうどうでもいいや。私たぶんここから出られないんだ。このままここで眠って、消えて行っちゃうんだ。それでいいかも。だって生きてたって別に意味ないし。
「華蓮ちゃん!」という声。
華蓮 中山さん?
「麻生!」と言う声。
華蓮 夜白?なんで夜白?
立ち上がる華蓮。
華蓮 中山さん。夜白!ここだよ、私ここにいるの!出して。ここから出たいの!
華蓮、いつの間にか日記帳を手にしている。
華蓮 日記帳だ。なんで今まで気がつかなかったんだろう?
声 やめて!
華蓮 私の日記じゃない。これは、私の中に入った誰かの記憶?
声 やめて!
華蓮 (読む)「私は陸軍病院糸数(いとかず)分室で負傷兵の看護に当たっていた。水の配給。おしっこの汲み取り。兵隊さんたちは、休む間を与えてくれない。私とみっちゃんは真っ暗なガマの中を泥にまみれて働いた。」みっちゃん。
声 やめてー。思い出させないで。
華蓮 この声、あなたは…
ホテルの部屋。
愛梨と夜白と華蓮。
華蓮、意識をなくしたような状態で語り始める。
華蓮 五月二十四日。頭がかゆいといった兵隊さんの包帯を外すと、傷口にウジ虫が湧いていた。
夜白 何言ってんだこいつ。
愛梨 それってもしかして。
愛梨、「ひめゆりの手記」を開いて読む。
愛梨 「傷口にウジ虫が湧いていた。キクちゃんと私はウジ虫を一匹ずつ手で取り除かなければならなかった」書いた人は宮城ミツ・・みっちゃん。
夜白 みっちゃん?それじゃあお前は一体誰なんだ!
愛梨 キクちゃん?
華蓮 そう。私の名前は新垣(あらがき)キク。沖縄県立第一高等女学校二年。陸軍病院糸数分室勤務。ひめゆり学徒隊。
夜白 ひめゆり学徒隊。
愛梨 キクちゃん!華蓮ちゃんはどうなったの?
キク どうしてそっとしておいてくれないの?
夜白 おい、麻生は、麻生をどうした!
キク 私はただ楽しいことがしたかっただけなのに。
愛梨 華蓮ちゃん!
夜白 麻生!
キク 私は…生きていたかった!
時空がゆがむ。意識の世界。華蓮とキク。
華蓮 新垣キク。あなたは写真の女の子。早く私の体を返して。
キク 何よいまさら。消えてもいい。死んでもいいって思ってたくせに。私、あなたの心がよく分かったの。あなたに生きている資格はない。
華蓮 あなたに私の何が分かるの?
キク 分からない。スカート。白い靴下。いい匂い。こんなに幸せなのに死んでもいいって思うあなたが。私、もう我慢できない。あなたの代わりに私が生きる!
華蓮 ちょっと勝手な事言わないでよ!あんた一体なんなのよ!
キク あなたは私の記憶を呼び起こした。なら全部見て。私の記憶を。さわって。私の痛みを。
華蓮 あああああああ。
暗転。
キクの記憶
華蓮の声 ここは…
キク 1945年5月24日。私とみっちゃんは、アブチラガマで負傷兵の看護に当たっていた。みっちゃん!
明かりがつくと、ミツと軍医がランプを持って立っている。
ミツ アブチラガマは暗い海の底よりもまだ暗い。天井からは水が滴り落ち、ゴツゴツとした地面を歩くとズボンは泥でぐちゃぐちゃになった。
軍医 首里からは負傷兵がトラックに乗せられてがれきのようにやってくる。ガマの中は足の踏み場もない位いっぱいだ。負傷兵のうめき声は通奏低音のようにガマの中をこだまする。
ミツ 外では米軍の艦砲射撃。一日何万発という砲弾が私たちに向けられた。夜その様子を見た人はみんな言う。蛍みたいで綺麗だって。でもその蛍がひとたび着弾すると、地面をくだき、岩を割いた。
軍医 来るぞー
爆撃音。
軍医 西の出口がふさがれた。換気用意!位置について!
キク、合流する。
キク みっちゃん!
ミツ キクちゃん!
軍医 歌、はじめ!
手ぬぐいで風を送り出しながら歌を歌う。
金鵄(きんし)輝く日本の 栄えある光 身に受けて
いまこそ祝え この朝(あした) 紀元は二千六百年
嗚呼一億の胸は鳴る
キク 私たちは手ぬぐいをあおいで、空気を送り出さなければならなかった。
歓喜溢るるこの土を しっかと我等踏みしめて
はるかに仰ぐ大御言(おほみこと) 紀元は二千六百年
嗚呼肇国(ちょうこく)の雲青し
軍医 やめ!(あたりを見回して)よし。看護隊はこいつらの包帯を取り換えてやれ!(退場)
ミツ 包帯を取り換えるといっても、ここには新しい包帯なんてない。
キク 頭がかゆいといった兵隊さんの包帯を取るとウジ虫がわいている。
ミツ 私とキクちゃんはウジ虫を一匹ずつ手で取り除く。
キク 丸々と太ったウジ虫を見て、兵隊さんは「畜生」と呟いた。
ミツ 薬がない。消毒液がない。ガーゼがない。でもせめて、
二人 白い包帯が欲しい!
キク 真っ黒い包帯を巻き直すと、兵隊さんは涙を浮かべてお礼を言った。
軍医、登場。
軍医 オペだ。学生来い!
二人 はい!
三人手術室へ。
軍医 それではこれより、右足の切断手術を行う。
兵士 やめてくれ!足だけは。足だけは切らないでくれ。
軍医 まだそんなことを言ってるのか。この足は腐ってる。見ろ。ウジがわいてるじゃないか。切らなければ貴様は死ぬんだぞ。
兵士 おれんちは畑やってんだ。足がなくなったら、生きていけねえ。
軍医 馬鹿やろう。戦争に負けたら畑もくそもあるもんか。学生。押さえろ。
キク はい!
軍医 (切る)
兵士 ぎゃあ!
キク、耐えられず離れてしまう。
ミツ 私が押さえます。
軍医 よし押さえろ!(切る)
兵士 ぎゃああああ!
軍医、足を切り終えると、キクにビンタをする。その姿を見つめるミツ。
軍医 十分休憩だ。(去る)
ミツ …
キク ごめんなさい。私…
ミツ 大丈夫。外の空気を吸えばきっと落ち着くわ。
ミツ、退場。
キクの様子が急変する。ガタガタと震え出すキク。華蓮になっている。
華蓮 これがあなたの記憶?無理。無理よ。こんなとこ。一秒だっていたくない。
キク 私にはここしかないの。だからお願い。ちゃんと見て。
キク、呼吸を整える。キクに戻る。
ミツ (戻って来て)キクちゃん?
キク うん。いま行く。
キク、ミツに続く。二人はガマの外へ出る。とどろく艦砲射撃。
キク (遠くを見て)ほんとだ。蛍みたい。
ミツ (泣く)
キク みっちゃん?
ミツ 私、何にも感じないの。切られた足を見てもね。何にも感じないの。私、どうなっちゃうんだろう。
キク、歌いだす。
キク ♪お菓子の好きな巴里娘(ぱりむすめ)
二人そろえばいそいそと
ミツ その歌。キクちゃん。ダメよ。
キク ♪角の菓子屋へ「ボンジュール」
選(よ)る間も遅しエクレール
腰もかけずにむしゃむしゃと
食べて口拭く巴里娘♪
ミツ キクちゃん。どういうつもり。そんな歌、軍医殿に聞かれたら大変よ。
キク 大丈夫。この音で聞こえやしないわよ。それにさっきもうぶたれちゃったし。
ミツ あきじゃびよ。(叱る)キクちゃん。
キク あ、方言。
ミツ あ。
キク これでおあいこ。敵性(てきせい)音楽と方言でビンタ一回ずつ。
ミツ キクちゃんにはかなわないな。
キク へへへ。
ミツ キクちゃん。戦争っていつ終わるのかな?
キク もうすぐよ。今に友軍の巻き返しがある。皇国(こうこく)の勝利は目前だって軍医殿言ってたじゃない。
ミツ そうよね。
キク そうよ。
ミツ キクちゃんは戦争が終わったら何がしたい?
キク 戦争が終わったら?…私、スカート履きたいな。
ミツ スカート?
キク だってずっともんぺなんですもの。スカート履いて、走り回りたいな。
軍医の声 学生!伝令があった!伝えるから来い!
キクとミツ はい!
キク、ミツ、軍医。
ミツ 撤退とはどういうことですか?
軍医 「本日中に摩文仁(まぶに)に転進すべし。」我々はこれより本院と摩文仁で合流する。君たちは伊原にて第一外科と合流せよとの命令だ。
ミツ そんな…一緒に行動出来ないんですか?
キク 患者は?患者はどうするんですか?
軍医 歩ける患者は我々が従える。
キク 歩けない患者は?
軍医 「本日中に摩文仁へ撤退すべし。」命令はこれだけだ。敵はすぐそこまで来ている。馬乗りされたらこの壕もおしまいだ。急げ!
軍医、退場。
ミツ そんな…この人たちを置いていくの?
キクとミツ、言葉をなくし、負傷兵たちに深々と頭を下げて逃げるようにガマを飛び出す。
轟く艦砲射撃。
その中を寄り添って進む二人。
グラマンの飛行音。機銃掃射。
必死に進む二人。
キク、途中から引きずるようにしていた足を抑え座り込む。
ミツ どうしたの?
キク 足が。
ミツ (見て)すごい腫れ。どうしたの?
キク クギ。ガマの中で踏んじゃって。
ミツ 化膿してる。(キクの体に触れて)すごい熱。
キク 破傷風(はしょうふう)かな?
ミツ (驚いて)どうして黙ってたの?
キク 薬もないのに。言えないよ。
ミツ とにかくここじゃ…歩ける?
キク 歩く。
ゆっくり歩く二人。
ミツがキクを支えるような形になる。
しばらく歩くがキク、座り込む。
ミツ キクちゃん。
キク 駄目みたい。
ミツ もう少しだから。頑張って。
キク 先に行って。すぐ追いつくから。
ミツ ダメよ。立って。
キク、シロツメクサを見つける。
キク あ、シロツメクサだ。見て。シロツメクサだよ。
ミツ 今、そんなこといいから。
声 学生だ。おーい!こっちだー。早くしろー。
ミツ キクちゃん。着いた。着いたんだよ。立って!
キク (立とうとするが)だめ。立てない。
ミツ ちょっと待ってて。今、人呼んでくる。
ミツ、退場。
キク、シロツメクサを取る。
キク 綺麗だなあ。
戦闘機の音が近づいてくる。
キク みっちゃん。これで花冠作ろう。
華蓮の声 キクちゃん、あきらめちゃ駄目。立って。生きて!
キク 楽しいよ。
機銃掃射。
華蓮の声 いやー。
キク、死亡。
キクの霊魂が肉体を離れて立ち上がる。
華蓮が登場。
向かい合う二人。
意識の世界
華蓮 これがあなたの記憶…
キク ありがとう。受け止めてくれて。
華蓮 受け止めてなんかない。私はただ見てただけ。
キク ううん。それだけで私はとっても嬉しい。
華蓮 駄目。そんなんじゃ駄目なの。私、ちょっと友達から嫌な事言われただけでもう何もかもどうでもいいって思ってた。死にたいって思ってた。そんな私がキクちゃんの事受け止められるわけない。
キク 違う。そんなあなただから私を受け止めてくれた。
華蓮 え?
キク 華蓮ちゃん。私の写真を見て何て思った?
華蓮 …素敵な笑顔だなあって。
キク やっぱり。だから私華蓮ちゃんの中に入れたんだ。
華蓮 どういうこと?
キク 私のこと今までそんな風に思ってくれた人いなかったもの。みんな可愛そうって。そればっかりだったから。
華蓮 でもそれはキクちゃんの事を思って。
キク そうよ。でも女の子だもの。素敵って言われた方が、やっぱり嬉しい。華蓮ちゃんは私を一人の女の子として見てくれた。だから私たち繋がる事が出来たのよ。
華蓮 私とキクちゃんが繋がった…
キク そう。だから今度は生きている誰かと繋がってください。華蓮ちゃんは私に「生きて。」って言ってくれた。今その言葉をそのままお返しします。華蓮ちゃん、生きて。
華蓮 キクちゃん!
ビジネスホテル3
朝。
ベッドで眠っている華蓮。椅子で眠っている愛梨。
華蓮、目を覚ます。愛梨も目を覚ます。
愛梨 (恐る恐る)華蓮ちゃん?
華蓮 中山さん。
愛梨 華蓮ちゃんだ!良かった。良かった。
華蓮 夜白は?
愛梨 夜白君先生に見つかって連れていかれちゃった。
華蓮 そう。ずっとそこにいたの?
愛梨 うん。だって華蓮ちゃんずっとうなされてたんだよ。大丈夫?
華蓮 うん。でも、ちょっと。近い。
愛梨 あ、ごめん。
華蓮 私の中にね。女の子が入ってたの。
愛梨 キクちゃん?
華蓮 そう。そのキクちゃんにね。私励まされちゃった。
愛梨 なんて?
華蓮 生きてって。
愛梨、泣く。
その涙が華蓮に伝染する。
華蓮 ちょっと。なんであんたが泣くの?
愛梨 だって。だって。
華蓮 っていうかなんで今の話について来れるんだよ。普通疑うだろ。
愛梨 信じるよ。華蓮ちゃん目を見て話してくれたもん。
華蓮 は?
愛梨 私、話してたらどんどん近寄っちゃう癖あるでしょ。あれね。おばあちゃんの癖なの。そのおばあちゃんが言ってた。目を見て話してくれた人の話は信じなさいって。
華蓮 それで信じてくれたの?
愛梨 うん。
華蓮 あんたすごいわ。ああ。もう、なんか負けたって感じ。
愛梨 え?何の勝負?
華蓮 もういいから。っていうか近い。
愛梨 あ、ごめん。
華蓮 よし。修学旅行ラスト日だ。自由行動。私行きたいところ出来ちゃった!
愛梨 どこ?
華蓮 それは…
廊下。
夜白と佐藤先生。
夜白 だから本当だって。麻生が幽霊に憑りつかれてて大変だったんだよ。
佐藤 お前なあ。いくら女子の部屋行きたかったからってもっとマシな嘘つけよ。
夜白 嘘じゃねえって。もういいよ。
佐藤 何がもういいよだ。罰としてお前の自由行動は没収。先生と二人行動。紅型染め体験。
夜白 えー
佐藤 「えー」じゃない。楽しいぞ~
華蓮と愛梨が走ってくる。
華蓮 おはようございます!
愛梨 おはようございます!
佐藤 なんだお前ら。元気だな。
華蓮 あ、夜白だ。夜白。昨日、声届いた。サンキュ。
夜白 え?あ、うん…お前、もう大丈夫なのか?
華蓮 大丈夫。じゃあ先生、私たち自由行動行ってきますー
佐藤 どこ行くんだ?
愛梨 ひめゆり!
佐藤 ひめゆり?昨日行ったじゃないか。
華蓮 また行くんです!
華蓮と愛梨、走っていく。
佐藤 冗談だろ。ここからどれだけあると思ってるんだ。
夜白 (ほくそ笑んでいる)
佐藤 お前も何笑ってんだ。
夜白 は?笑ってませんよ。
佐藤 笑ってるだろう。(夜白と佐藤、押し問答をしながら退場)
愛梨 「五月二十五日。修学旅行最終日。私たちはタクシーに乗ってひめゆりの塔に向かいました。伊原第一外科壕には木洩れ日が差し込んでいました。」
伊原第一外科壕
華蓮と愛梨、紙袋を持って登場。
紙袋を取るとシロツメクサの花冠。
華蓮 キクちゃんの好きなシロツメクサだよ。
愛梨 二人で作ったの。
花冠を供えて手を合わせる二人。
華蓮 私、キクちゃんと会えて本当に良かった。ありがとう。
愛梨 私もだよ。キクちゃん。ありがとう。
華蓮 ねえ。聞いていい?
愛梨 何?
華蓮 沖縄では戦争でたくさんの人が死んじゃったんだよね。
愛梨 うん。
華蓮 その人たちはどうなったのかな?
愛梨 え?
華蓮 いや、誰にも知られないで死んでいって、どんな風に死んでいったかも知られないで死んでいって…そんな人たちがいるんじゃないかって思って。
愛梨 華蓮ちゃんすごい。なんか別人になったみたい。
華蓮 え?こんなの普通だよ。いや、でもそうかも。キクちゃんが私の心の中にちょっとだけ残ったのかも。
愛梨 いいな。私の中にもいて欲しい。
華蓮 いるよ。だってあんた、ずっと一緒にいたんでしょ?
愛梨 うん。
華蓮 キクちゃん。私たち、これからも一緒だよ。だから、よろしく。
愛梨 あ、私も!よろしくお願いします。
華蓮 何よ「お願いします」って。よろしくでいいよ。よろしくで。…さあ、もう行こう。帰れなくなっちゃう。
愛梨 あ!私も華蓮ちゃんに一個聞いていい?
華蓮 何?
愛梨 華蓮ちゃんと夜白君って恋人?
華蓮 え?なに突然。
愛梨 なんで電話番号知ってるの?
華蓮 いや。あいつとはただの腐れ縁だから。幼稚園から同じで親が仲いいの。それだけ。
愛梨 親も公認の仲なんだ!
華蓮 なんでそうなる?ありえねーだろ。
愛梨 ほんとに?ちょっと好きとか?
華蓮 ないないないないないないない。死んでもない!だってあいつ、小学校ん時、車に足轢かれたのに気づかなかったんだよ。そんな奴の事好きんなる子いる?
愛梨 そうやってムキになるところがあやしい。
華蓮 あやしくない。はい。終わり。行こう。
愛梨 逃げるの?
華蓮 逃げないよ。ちょっとあんた、性格変わってない?え?キクちゃんの影響?
愛梨 違う。これ私の趣味なの。
華蓮 趣味?
愛梨 私、恋愛小説書いてるんだ!あ~でもリアルの方がやっぱ面白い!
華蓮 ちょちょちょちょ。私をネタにしないでよ!
愛梨 もうしちゃった。
華蓮 ええ?じゃあ逃げる!(走る)
愛梨 あ、待って。あ…荷物が…(モタモタする)
華蓮 (振り返って)急げ愛梨!置いてくぞー
愛梨 え?今…華蓮ちゃーん。待ってー
走る二人。笑っている。
演者が登場。エンディングテーマを歌う。
作詞…鹿児島県高学年祭典プロジェクトチーム一同
青い空 見ている私
遠い空 見ているあなた
あの日の遠い空知らぬ私
それでも感じる私
ひろがるあなたの花
かけぬける幾千の声
時を超えて伝わる想い
今と今を結ぶ想い
胸に未来灯してつながる
そんな想いをあなたへ
※本戯曲は2016年8月18~21日の上演台本に作者が一部手を加えたものです。