『ロボット no ジュリエット』戯曲

※本作の著作権は作者に帰属します。上演の際は、有償・無償に関わらず info@amano-jaku.com までご連絡ください。また、縦書きのものをご覧になられたい方はメールでお送りいたします。上記アドレスからご連絡くださいませ。

ロボットno ジュリエット

作 西上寛樹

登場人物

  • 真砂創(まさごそう)・・・中二
  • 雛方樹里(ひながたじゅり)・・・ロボット
  • みき・・・中二
  • ゆき・・・中二
  • とも・・・中二
  • 土居先生
  • 校長先生

舞台にはセットらしきものは何もない。何脚かの椅子だけが置かれている。

登退場は上手と下手と舞台奥に一つずつ。

演者は時に役を離れ状況を語りだしたり、楽器を持って演奏したりしながら劇を進めていく。

劇中に『ロミオとジューリエット(平井正穂訳)』の一部を使用しています。

 

 

一、五月の唄

 

暗転の中。「ピー!」というリコーダーの甲高い音。

明かりつくと創が耳をふさいで座っている。

その前に雛方。

 

雛方  私の勝ち。

創   なんだよ勝ちって。

雛方  じゃあね。(行こうとする)

創   待って。え?それだけ?

雛方  うん。

創   自分の言いたいこと言っただけじゃん。

雛方  そうだよ。だめ?

創   だめって・・・なんか性格悪くなってない?

雛方  そお?自分じゃよく分かんないなあ。じゃあね。

創   だから待ってって。これ。

 

創、本を渡す。

 

雛方  なにこれ?

創   読んで。しおりのページ。

雛方  『五月の唄』。「五月の緑は歌います。お日様に向かって歌います。先生今日は何するの?お日様先生は答えます。バリトンボイスで答えます。今日は・・・

 

 

二、転校生

 

教室。担任の土居と雛方。

土居、生徒たちに雛方の説明をする。

 

土居  えー新学年を迎えて一ヶ月がすぎました。中学の勉強はここからが勝負です。また部活動の方も市総体が近づいてきています。君たちは三年生をバックアップしながら一年生の面倒もみていかなくてはいけません。勉強と部活の両立。文武両道。これが君たちのこれからのテーマになってくるんではないでしょうか。そしてここにもう一つプラスして考えて欲しいことがあります。それが心。君たちは体も脳もいますごい速さで成長しています。でも人間で一番大切なのは心。立派な心を持たないことには一人前の人間になったとは言えません。ここで新しい仲間を紹介しましょう。

雛方  私の名前は雛方樹里です。みなさん、よろしくお願いいたします。

土居  雛方さんはロボットです。なんでロボットがウチのクラスに来たか。それがさっき話した心の成長の話です。雛方さんは人と関わるのが初めてです。ですから人とどのようにコミュニケーションを取ったらいいか分かりません。それを君たちが教えてやって欲しい。人に教えたことは全部自分に返ってくる。つまりは雛方さんの心を育てることは君たち自身の心を育てることになるんです。これはね。文部科学省が新しく始めた「心を育てる」というプロジェクトです。今日から一学期が終わるまでの三ヶ月間。雛方さんは君たちと一緒に勉強します。ではもう一回挨拶しましょう。はい、立って。気をつけ。礼。

 

 

三、校長室

 

土居と校長。

 

土居  三ヶ月もですか?二年の一学期っていったら受験に向けて基礎を固めていく大切な時期ですよ。

校長  しょうがないじゃない。決まっちゃったんだから。

土居  他の学年じゃ駄目なんですか?

校長  三年はそれこそ受験を控えてるし、一年は顔合わせたばっかりでしょ。ただでさえクラスの人間関係が固まってないところにそういう得体の知れないものを投入するのはどうもねえ。

土居  得体の知れないものって。じゃあなんでそんなもの応募したんですか?

校長  応募したのは鈴木先生。

土居  鈴木先生はもういませんよ。

校長  ねえ。

土居  ねえって・・・困ります。そんな異動しちゃった先生の尻拭いさせられちゃ。

校長  まあそんな深刻にならないで。コミュニケーションロボットといっても挨拶教えたりする位でしょ。文科省も探り探りやってるみたいだから、端の方に置いとけばそれでいいって。三ヶ月なんてすぐですよ。

 

 

四、はじめまして

 

雛方を取り囲む生徒たち。

 

雛方  私の名前は雛方樹里です。

女子達 かわいー

雛方  みなさんの名前を教えてください。

みき  みき。

ゆき  ゆき。

とも  ともこ。

雛方  みきさん、ゆきさん、ともこさん、はじめまして。

女子達 はじめましてー

みき  ちょっとさわってもいい?

ゆき  もうさわってんじゃん。

みき  すべすべー

とも  ほんとだ。ちょっと温かいし。

みき  ほんものみたいー

 

創、登場。そのやりとりを見ている。

みき、視線を感じ二人に合図する。

目が合う創と女子。

創、退場。

 

みき  (気にせず)これなにで出来てんのかなあ。

ゆき  ゴムとかじゃない?

とも  髪の毛も超リアル。(雛方に)本物?

雛方  (無反応)

みき  雛方さん。

雛方  はい。

みき  髪の毛本物?

雛方  (無反応)

みき  もしも~し?

ゆき  わかんないんじゃない?

雛方  休み時間です。おしゃべりしましょう。

みき  いやしてるから。

とも  (時計を見て)もう行こう。

ゆき  あれ?次理科室だっけ?

みき  第二だよね。樹里ちゃんも一緒に行こう。

 

女子と雛方、歩き出す。といっても舞台に置かれた椅子の周りを四方八方に歩いて、歩き回ってい

るという体。

土居が登場し、それに合わせてリコーダーを吹く。

三人、最初こそ笑っているが、ふと無言になる。音楽終わり。

 

みき  反応薄。

 

女子達退場。

雛方一人になったあと、舞台を行ったり来たりしていたるところで挨拶をする。

 

雛方  おはようございます。今日はいい天気ですね。おしゃべりしましょう。

こんにちは。お昼休みです。おしゃべりしましょう。

さようなら。また明日おしゃべりしましょう。

おはようございます。今日はいい天気ですね。おしゃべりしましょう。

 

誰にも相手にされない雛方、同じことを何度も繰り返す。

そこに創が登場。

 

雛方  おはようございます。

 

創、会釈だけ返す。

 

雛方  今日はいい天気ですね。おしゃべりしましょう。

 

創、逃げるように退場。

あとをつける雛方。

創、再登場。その後ろをついて歩く雛方。

振り返る創。止まる雛方。何度か繰り返す。

複雑に行き来する創。それでも雛方はついてくる。

 

創   なんでついてくんの?

雛方  今日はいい天気ですね。おしゃべりしましょう。

創   ついてこないで。

 

創、ダッシュで退場。雛方もついていく。退場。

創、再登場。雛方がいないのを確認して客席に背を向ける。ズボンのチャックをおろす。

雛方、登場。創の隣に立つ。

 

雛方  今日はいい天気ですね。

創   うわ!

 

創、慌ててチャックを戻し雛方を外に出す。

 

創   ついてこないでって言ってるでしょ。

雛方  休み時間です。おしゃべりしましょう。

創   しません。・・・(突然)あ!

 

創、突然あらぬ方向を見る。そちらを見る雛方。

創、その隙に逃げる。退場。

雛方、創を見失う。別の場所から退場。

創、出てくるとほうきを持っている。雛方のいないのを確認して掃除をはじめる創。

雛方、ほうきを持って登場。

うなだれる創。気づかないフリをして掃除を続ける。

雛方、創の元によってきて掃除をする創をじっと見ている。

 

雛方  あなたは何をしていますか?

創   掃除。

 

雛方、真似をして掃除を始める。しかし余計散らかる。

 

創   ちょっ、なにすんだよ。

雛方  私は掃除をしています。私は掃除をしています。

創   ・・・分かったよ。じゃ、そっちやって。

 

雛方、言われたとおり隅の方で掃除をする。

創、その間にちりとりでゴミを集める。

雛方、振り返ってその様子をじっと見る。

 

雛方  あなたは何をしていますか?

創   ちりとり。君はそっち。

雛方  (掃除をしながら)創くんはちりとりをしています。創くんはちりとりをしています。

 

創、ゴミを捨てて戻ってくる。

雛方、空になったちりとりを見て、

 

雛方  ゴミが消えました。

創   捨ててきたの。

雛方  創くんはゴミを捨ててきました。

 

創、再びちりとり作業。

雛方、創ににじり寄る。

 

雛方  創くんはゴミを捨ててきました。創くんはゴミを捨ててきました。

創   わかったよ。はい。

 

創、雛方にちりとりを渡す。

雛方、ゴミを集め一度退場。戻ってくる。

 

雛方  私はゴミを捨ててきました。

 

雛方、空になったちりとりを掲げてみせる。

創、少し笑う。

雛方、創と同じ表情で少し笑う。

 

創   あ、笑った。

雛方  あ、笑った。

土居の声 誰だー?こんなところにゴミ捨てたの!

創    え!?

校長  (登場)きんこんかんこーん。きんこんかんこーん・・・あれ?音割れてるな。(退場)

 

突然美術の時間。

創、画板を持ってきて絵を描く。

雛方も画板を持ってくる。

 

雛方  創くん。何をしていますか?

創   見れば分かります。

雛方  創くんは絵を描いています。

創   正解です。

雛方  どうして絵を描いていますか?

創   美術の時間だからです。あなたも描いてください。

雛方  私も絵を描きますか?

創   はい。

雛方  何を描けばいいですか?

創   好きなものを描いてください。

雛方  好きなもの・・・好きなもの・・・分かりません。創くんは何を描いていますか?

創   木です。

雛方  創くんは木が好きなのですか?

創   好きです。

雛方  どうして好きなのですか?

創   ・・・分かりません。

雛方  創くんの絵、見てもいいですか?

創   どうぞ。

 

雛方、創の絵を見る。

 

雛方  やば!

創   え!?

雛方  これは木ですか?

創   木です。

雛方  では私も木を描きます。

創   とっとと描いてください。

雛方  とっとと?

創   何でもありません。どうぞ描いてください。

雛方  はい。私はとっとと絵を描きます。

ゆき  (登場)二人は並んで絵を描きました。中庭のソメイヨシノ。桜はちょうど若葉の頃で、うららかな春の日差しを受けてきらきらと光っていました。

 

ゆき、絵を描いている二人をしばらく見て、退場。

 

雛方  出来ました。

創   はや!・・・見せて。

 

雛方、絵を見せる。

驚く創。雛方、創の驚いた顔を真似る。

 

校長  (登場)きんこんかんこーん。きんこんかんこーん。やっぱり割れてるなあ。(退場)

雛方  チャイムです。戻りましょう。

 

歩き出す二人。途中女子達とすれ違う。

 

とも  藤井先輩ってヤバくない?

みき  ヤバイ。

ゆき  いや、それヤバすぎでしょ。

とも  そしたらそんとき・・・(ひそひそ話す)

みきとゆき やっばーい!

 

その前を通り過ぎていく創と雛方。

 

雛方  ヤバイヤバイ。ヤバイヤバイ。ヤバイヤバイ。

 

それを聞いて納得顔の創。雛方のあとに続いて退場。

 

みき  なにあれ。

とも  ほっとけ。行こう。

 

みきととも退場。ゆきだけが残って立ち去った創と雛方の方を見ている。

 

とも  ゆき!

 

ゆきも退場。

 

 

五、報告

 

土居と校長。校長、雛方の描いた絵を見ている。

 

校長  うまいなあ。ロボットがこんな絵描いちゃうんじゃ、絵描きさんはみんな失業だ。ははは。

土居  すごい成長の早さです。今はこちらの言っていることをほとんど認識できていますし、表情も少しずつ獲得しているみたいです。

校長  それ。私も昨日挨拶されてびっくりしちゃったのよ。「おはよう」って言ったあとにこって笑って。ほんとよく出来てる。ほら。去年ニュースでやってたでしょ?ロボットがセンター試験受けたって話・・・

土居  東大ロボット。

校長  それ。東ロボくん。東大に合格する人口知能が作れるんだから「心を育てる」なんてわけないのかねえ。で、生徒の反応どうなの?

土居  それなんですが、実は今うちで雛方と関わりを持ってるのは一人の生徒だけでして。

校長  一人?なんで?

土居  いや、最初の段階で一部の女子があきちゃったんです。そしたらなんとなくクラスがそういう雰囲気になりまして。無視しはじめたんですね。雛方のことを。でもその一人の生徒だけはマイペースといいますか、人に巻き込まれないタイプなんで。

校長  なんて生徒?

土居  真砂創です。

校長  ああ例の水道事件の。

土居  それもあって他の生徒は余計離れてしまいまして。でも私はかえってよかったかなと思ってるんです。彼は他の生徒とはほとんど口を聞きませんし、私もどう関わっていいか正直ちょっと探りかねているところがありまして。でも彼、最近だいぶ表情が出てくるようになったんです。不思議ですね。表情を真似てるのは雛方の方なのに真似られる彼の方が色んな顔をするようになる。

校長  なんかルンバみたいだな。

土居  ルンバ?

校長  ほら。昔あったでしょ。こういう円盤みたいな。あれうちも昔飼ってたのよ。

土居  飼ってた?

校長  ああ、ごめんごめん。持ってたのよ。いや、あれね。勝手に部屋を掃除してくれるっていうけどすごい馬鹿なの。ランダムに行ったりきたりするんだけどコード絡まるわ椅子に閉じ込められるわ全然使えない。でもね。一生懸命で可愛いの。もう見てられなくなって手伝っちゃう。椅子とか片付けちゃってね。楽するために買ったのに気がついたらこっちも労働者。電池切れたら自分でちゃんと充電しに行くんだよ。思い出したら笑っちゃうなあ。あれ?なんでルンバの話になったんだっけ?

 

 

六、お勉強

 

創と雛方。

 

雛方  ですから、今夜はこれでお別れしましょう。この恋の蕾が夏の息吹に育てられ、今度お会いするときまでには美しい花となっておりますように。では、おやすみなさいまし。すこやかな憩いがあなたのお心に。また私の心にも宿りますように。

創   では、あなたは、充たされぬ私のこの心を見捨てて別れようとなさるのでしょうか。

雛方  どうやったら充たされるとお考えなのでしょう。

創   真心のこもった愛の誓いを交わしたいのです。

雛方  求められる前に、それを私は差し上げました。でも、それが手もとにあれば、もう一度差し上げることも出来ましょうに。

創   ・・・

雛方  創くんの番です。

創   うん・・・えっと・・・だめ。思い出せない。

 

創、本を読む。

 

創   誓いを取り戻したいと言われるのですか?ですが、それはまたなぜ?

雛方  気前よく、もう一度あなたに差し上げたいから。でも、それはすでに持っているものをさらに欲しがるようなもの。身も心も何もかも与えたい私の気持ちは海のように底知れず、私の愛は海のように深うございます。差し上げれば差し上げるほど、私の心はいっぱいになるのです。どちらも無限でございますから。(奥を見て)奥のほうで声がいたします。では、さようなら!ばあや?すぐ行きますよ。おお、ロミオ、どうぞ誓いをお破りにならないで。ちょっと待っていてくださいまし、すぐに戻って参りますから。

創   ジュリエット退場。どう?

雛方  やっぱり分かりません。心とは一体なんですか?

創   そんなの、僕もわかんないよ。

雛方  でも人間はみんな持っているものなんでしょう?

創   さあ。持ってない人もいるんじゃない?じゃあまた別の持ってくるから。

雛方  はい。お願いします。

 

創、退場。

 

雛方  おおロミオ。どうしてあなたはロミオなの・・・どうして私はロボットなの?

土居  『ロミオとジュリエット』。

 

土居、登場。

 

雛方  先生。

土居  懐かしいな。どうしたんだこんな本。

雛方  創くんが借りてきてくれたんです。

土居  面白い?

雛方  分かりません。

土居  よし。じゃあ先生がロミオを読んでやろう。

雛方  結構です。

土居  遠慮すんな。先生これでも高校演劇かじってたんだぞ。

雛方  そうですか。でも先生の年齢はロミオとあまりにもかけ離れていますから。

土居  ・・・まあそうね。雛方。

雛方  はい。

土居  お前はそろそろお世辞というものを覚えた方がいいかもな。

雛方  お世辞ですね。分かりました。調べておきます。

 

みき、ゆき、とも、登場。

 

みき  あれ?土居ニャンがいる。

土居  土居ニャンって誰だ?土居ニャンって。そういうのは陰で言えよ。

とも  先生どうしたの?

土居  お前らこそどうしたんだ?帰ったんじゃないのか?

みき  私たち、樹里ちゃんと話したくって。

とも  女の子同士。

みきととも ねー。

土居  はいはい。先生は消えますよ。あんまり遅くなんなよ。

みきととも はーい。

 

土居、退場。

 

みき  真砂くんは?

雛方  図書室です。

とも  樹里ちゃんって、真砂くんと仲いいよね。

雛方  はい。

みき  はいだって。直球かよ。

とも  でも気をつけてね。真砂くんちょっと普通じゃないから。

雛方  普通じゃない?

とも  ほら知らない。

みき  そりゃ知らないよ。樹里ちゃん来たばっかだもん。

雛方  何のことですか?

とも  え?じゃ言わない方がよかった?ごめんごめんなんでもないの。

みき  すぎたことだしね。

雛方  すぎたこと?

みき  あ。

とも  もう!喋ってんじゃん。

みき  ごめん~

雛方  創くんのことですね。何のことですか?教えてください。

みき  どうする?

とも  そこまで話しちゃったんだから。ねえ。

みき  じゃあ話すけど私らから聞いたって絶対言わないでね。

とも  創くん犯罪おかして一度警察に捕まってるの。

みき  ちょっと~。捕まったんじゃなくて取調べでしょ。とも話盛りすぎ。

とも  どっちでもおんなじじゃん。

みき  違うよ~

とも  だってあれで次の日学校の水道全部止まっちゃったんだよ。パトカー来て指紋調査とかいって立ち入り禁止になって。

みき  確かにあれはすごかった。先生とか超取り乱して。

雛方  創くんは一体なにをしたんですか?

とも  創くん、小六ん時、学校の四階の水道の蛇口、片っ端から全開にして帰っちゃったの。放課後のことだったから誰も気づかなくて次の日まで出しっぱなし。

みき  二十万円の請求。

とも  え?十万じゃなかったっけ?

みき  え?そうだっけ?ゆき、どっちだっけ?

ゆき  知らない。

みき  なんで?あんた同じクラスじゃん。

ゆき  忘れたの。

みき  あっそ・・・

雛方  創くんは、なぜそんなことをしたのでしょうか?

とも  そんなの知らないよ。

 

創が戻ってくる。

 

とも  ま、そういうことだから。

みき  じゃあね。

 

ともとみき、退場。

ゆき、うつむいているが、やがて退場。

 

創   なに話してたの?

雛方  それは・・・

創   僕の話でしょ?

雛方  はい。

創   あいつらなんて言ってた?

雛方  創くんが水道の蛇口を開けっ放しにして、次の日警察が来たって。

創   正解。それで?それだけ?

雛方  創くんに気をつけろって。

創   それ聞いて、雛方さんはどう思ったの?

雛方  ・・・

創   なんで黙ってるの?人間みたい。

雛方  ・・・

創   なんか言えば?

雛方  ・・・

創   なんか言ってよ!

雛方  私は、創くんがなぜそんなことをしたのか、それが知りたい。

創   それも心の勉強?

雛方  はい。データがないと私は何も決められない。

 

創、退場。

雛方、出て行った創のあとを見ている。

 

 

七 図書室

 

女子三人と土居と校長が登場。

全員リコーダーを持っている。

 

みき さんはいっ

 

五人による演奏が始まる。

クラシックの小品(しょうひん)。ハ長調のシンプルで美しいメロディー。

途中で創と雛方がそれぞれ反対の方向から登場。

舞台中央で出会う。

が、創は雛方を避けて行ってしまう。

雛方、掃除を始める。

創が別の場所から登場。

雛方、ちりとりを創の足元に滑らせる。

創、ちりとりをよけて退場。

雛方、ちりとりを卓球のラケットに持ち替える。ピンポン玉を落とさないようにつき始める。

といってもピンボン玉はない。校長先生が演奏を抜け、口でピンポン玉をつく音を表現してい

る。

創が登場。

雛方、ピンボン玉を取る。そして創に向かってサーブを打つ。「コッッコッコッコ」

創、無反応。

雛方、もう一度サーブを打つ。「コッコッコッコ」

創、無反応。

雛方、もう一度サーブを打つ。「コッコッコッコ」

創、行ってしまう。

雛方、卓球のラケットから丸めた画用紙に持ち替える。

創がやってくる。

雛方、画用紙を広げる。創を描いた絵。

創、見ないで退場。

雛方、画用紙を丸めて舞台の隅へ。

本を読み始める。

創、登場。手には本を持っている。しかし、雛方が向こうを向いて本を読んでいて気がつかない

のでそのまま立ち去る。

演奏終わり。

ゆきを残してみんな退場。

土居、去り際に舞台に「図書室」という札を出す。

ゆき、雛方の方を見て後ろから近づく。

そして息をたっぷり吸うと雛方の後ろでリコーダーを吹く。「ピー!」

振り返る雛方。

 

雛方  あ、ゆきさん。

ゆき  「あ」じゃないよ。びっくりしてよ。

雛方  びっくりすべきでした?

ゆき  普通リアクションするでしょう。

雛方  すいません。ではもう一度お願いします。

ゆき  もういいよ。何読んでんの?(のぞきこんで)犯罪心理学?

雛方  はい。

ゆき  なんでそんな本読んでんの?

雛方  知りたいことがあって。でも水道の蛇口を開けちゃった人の気持ちはどこにも出ていませんでした。

ゆき  そんなの出てるわけないでしょ。え?ロボットって馬鹿?

雛方  それは馬鹿をどう定義するかによって答えが変わってきます。一般に馬鹿というのは・・・

ゆき  (制して)ああ、いいいい。・・・創くんね、無視されてたの。六年の時クラスで。

雛方  どうして?

ゆき  わかんない。男子の方から広まってきたから。でも理由も思い出せないくらいたぶん些細なこと。だから、水道の話なんて本当は大したことない。大したことないのはみんな分かってるのに雰囲気だけは延長してて今現在。

雛方  それを教えにきてくれたんですか?

ゆき  だって樹里ちゃん創くんと全然喋ってないじゃん。

雛方  ごめんなさい。

ゆき  樹里ちゃんが謝んないでよ・・・一度聞いてみたかったんだけど、樹里ちゃんって創くんが好きなの?

雛方  いいえ。ロボットに好き嫌いの感情はありません。電卓と一緒です。

ゆき  電卓?

雛方  電卓は計算式を与えると必ず計算するでしょう?

ゆき  そりゃあねえ。

雛方  十÷三っていれたら三、三三三三三三三・・・って出るでしょう?

ゆき  うん。

雛方  あれ、電卓の画面上で小数点以下何桁かまでしか表示できないだけで、本当はずっと計算してるんです。次の指示があるまで割り切れない問題をずっと計算し続けるのが私たち機械の仕事。私は創くんの気持ちを知りたいだけです。

ゆき  それって好きと違うの?

雛方  え?

ゆき  ともこね、三年生の藤井先輩のことが好きだったの。もう視界に入るだけで大はしゃぎして。私らも一緒に大はしゃぎして。それが藤井先輩に伝わって知り合い経由で付き合うようになって。でもともこ、実際に付き合ったらどうしていいか分からなかったの。藤井先輩は経験豊富だからリードされてキスされて・・・ともこ、びっくりして逃げちゃったらそのまま破局。ともこ後悔してた。「私、藤井先輩の事が好きだったんじゃなくて、藤井先輩のことをみんなで話してるのが好きだっただけかも」って。でもそんなの樹里ちゃんたちには関係ないもんね。ごめん。こんなことになって。本当ごめん。

雛方  ゆきさんは優しいですね。

ゆき  なんで?優しくなんかないよ。

雛方  だってともさんのことかばってる。

ゆき  違う。かばってない。私がかばってるのはいつも自分。だから創くんのこと無視できたんだと思う。私幼稚園の時から創くん知ってるんだ。一緒のお絵かき教室で、そのころ家に来たりもしてよく遊んだの。でもそういうの全部なかったような顔して、みんなと一緒に創くんのこと無視してた。超卑怯。今だってとものこと話して自分のこと隠そうとしてた。

雛方  この本にこんなことが書いていました。破竹の勢いで事業を展開していた青年企業家が、所得詐称で検挙されたんです。社会的影響力の強い人物でしたから青年企業家は拘置所で独房に入れられたそうです。独房はもちろん誰もいなくて、時計も太陽の光も何にもありません。青年企業家はまず、時間の感覚がなくなって、今、朝か夜かも分からなくなったそうです。次に耳の感覚がおかしくなって、どこからか聞こえてくる水の音に気が狂いそうになりました。それで最後には自分が何者なのかも分らなくなって発狂した・・・これ、拘置所に入ってどれくらいたってからのことだと思いますか?

ゆき  半年くらい?

雛方  五日です。

ゆき  五日!?たった五日!?

雛方  はい。その時、看守が話しかけて来たそうです。「俺でよかったら話し相手になろうか?」って。それを聞いて青年企業家はぼろぼろになって泣いたそうです。

ゆき  なんかすごいね。

雛方  人間の心はどこにあるんでしょう?胸でしょうか?頭でしょうか?

ゆき  胸じゃないのかな?(胸をさして)このへん?

雛方  私は、人の心はその人の周りにいる人達が少しずつ分け合ってもっているものじゃないかと思います。もちろんその人自身も自分の心を持っているのでしょうが、それだけではない。人は自分一人では自分の心がどんなものか時々分からなくなる。顔もそうでしょう?ゆきさんが自分がどんな顔をしているか分かるのは、鏡というものがあるからでしょう?鏡がなかったらゆきさんは自分がどんな顔をしているか分かりません。心もおんなじでそれを写してくれる鏡がなかったら自分がどんな心を持っているのか分からなくなって壊れてしまう。ゆきさん。私はロボットです。ロボットは心を持っていません。でも、私は人間の心を写す鏡にならなれるんじゃないでしょうか?創くんの心が壊れないよう、創くんの心を写し出す鏡にならなれるんじゃないでしょうか?

ゆき  ごめん。私馬鹿だから樹里ちゃんの言ってることよく分かんない。でも、今私の心に浮かんだ言葉をそのまま伝えてもいいですか?樹里ちゃん。ありがとう。

 

 

八 お世辞

 

舞台上には創一人。

そこにゆきが登場。目が合う。

創、その場から去ろうと舞台を行き来する。

そのあとをついていくゆき。

振り返る創。立ち止まるゆき。何度か繰り返す。

ゆき、突然リコーダーを出し「ピー!」と吹く。

驚く創。

 

ゆき  普通こうだよね?

創   え?

 

ゆき、リコーダーを吹きながら創を追いかける。

逃げる創。退場。ゆきも退場。

別の場所から登場する創。後ろを見てゆきが来ていないことに安心したのもつかの間、今度は前

方からみきがリコーダーを吹きながら登場。

創、驚いて引き返そうとすると後ろからともがリコーダーを吹きながら登場。ゆきも登場。

三人で創を取り囲む。

 

創   なんなんだよ!

 

三人、「ピー!」と和音を出して退場。

耳をふさいだ創が我にかえると雛方がいる。

 

雛方  こんにちは。

 

創、行こうとする。

 

雛方  行ったらゆきちゃんたち追いかけてくるよ。

創   なんで?意味わかんないよ!

雛方  ね。私とおしゃべりしましょう。

創   なに?

雛方  創くんかっこいー。

創   ?

雛方  創くん足が長―い。創くん歩くの速―い。創くん細―い。創くん目が細―い。

創   なにそれ?

雛方  お世辞。

創   なんだよそれ。

雛方  勉強したの。嬉しかった?

創   嬉しくないよ。だいたい目が細いなんて褒め言葉じゃないでしょ。

雛方  最後のはギャグ。

創   全然笑えない。

雛方  あれ?鉄板って教わったんだけど。

創   誰に?

雛方  土居ニャン。

創   土居ニャンて・・・だめだよ土居先生の言うこと真に受けちゃ。あの人センスないんだから。

雛方  ふふふふ。

創   何笑ってんの?

雛方  喋ってる。

創   あ。

雛方  私の勝ち。

創   なんだよ勝ちって。

雛方  じゃあね。(行こうとする)

創   待って。え?それだけ?

雛方  うん。

創   自分の言いたいこと言っただけじゃん。

雛方  そうだよ。だめ?

創   だめって・・・なんか性格悪くなってない?

雛方  そお?自分じゃよくわかんないなあ。じゃあね。

創   だから待ってって。これ。

 

創、雛方に本を渡す。

 

雛方  なにこれ?

創   読んで。しおりのページ。

雛方  『五月の唄』。「五月の緑は歌います。お日様に向かって歌います。先生今日は何するの?お日様先生は答えます。バリトンボイスで答えます。今日はなんにもしない。」・・・なにこれ。

創   小学校二年の時の国語の教科書。これだって思って。ずっと見せたかったんだけど・・・

雛方  (もう一度読む)「五月の緑は歌います。お日様に向かって歌います。先生今日は何するの?お日様先生は答えます。バリトンボイスで答えます。今日はなんにもしない。」・・・これは授業を放棄した先生の話ですね。

創   え?そうなの?いや違うでしょ。

雛方  だって「なんにもしない」って言ってます。

創   いや、そうだけど、本当に何にもしないって意味じゃなくて、いや実際何にもしないんだけどそれに意味があるっていうか、ほら詩だから、この行間に意味があるんじゃん。

雛形  ふふふ。

創   だからなんで笑うの?

雛形  創くん。私はロボットですよ。ロボットに詩の行間は読めません。

創   あ、そっか。じゃあダメか。

雛形  だからデータを集めましょう。

創   データ?どうやって?

雛方  絵を描いて。

 

ストップモーション。

 

創   このあと僕たちは絵を描いた。中庭のソメイヨシノ。若葉はすっかり青葉に変わり、初夏の風は梢を抜けて、三階の音楽室から聞こえてくるリコーダーの音色と一緒に屋上の向こうに消えていった。二週間後、雛方さんは転校生のようにいなくなり、二度と姿を見せなかった。

 

遠くで聞こえるリコーダーの音色。

雛方退場。

 

創   さようならジュリエット。僕の初恋。ロボットのジュリエット。

 

みき、ゆき、とも、土居、校長、リコーダーを演奏しながら登場。

ゆきが創にリコーダーを渡す。創も演奏に加わる。

雛方も出てきて演奏に加わる。

七人の息が揃ったところで終演。