イノシシと月〜福岡に伝わる動物昔話より〜

この戯曲は、福岡県を拠点に活動する劇団さんぽさんの上演台本となります。2021年1月17日に初演を迎えました。上演時間は約50分となっております。
本作の著作権は作者に帰属します。有償・無償に関わらず作者の許諾なく本編の一部または全てを上演したりコピーして配布することはできません。

概要

スタッフロール

出演…篠原弘一、辻和花子、西雅子(劇団さんぽ)

制作…藤井美幸(劇団さんぽ)

舞台監督… 篠原弘一(劇団さんぽ)

音楽・振付…西村りな

脚本・演出…西上寛樹

舞台美術…長島宏(劇団さんぽ)

人形製作…西雅子(劇団さんぽ)

衣装・方言監修…松本己記代(劇団さんぽ)

楽器づくり…金堀千春(劇団さんぽ)

Specialthanks
竹提供…広川町の野中さん、須恵町のご近所の方々

登場人物

語り手1
語り手2
語り手3

イノシシ弟
イノシシ兄


ヒキガエル

他に、ウサギ・サル・タヌキ・クマ・ヘビ・コウモリ・フクロウ


戯曲『イノシシと月』

舞台は円形。そこから円の外側に向かって3つの道が伸び、その先に語り手3人の居場所がある。演者はこの場所と舞台で自らの体と竹楽器だけを使って物語を立ち上げる。

はじまり

   語り手3人登場。

語り手2     皆さんこんにちは。

語り手3     今日はこのまるい舞台を使って劇をします。

語り手1     でもその前に……皆さんはイノシシという動物は知ってますか?

語り手2     じゃあお相撲は?

語り手1     実はイノシシは相撲が大好きなんだって。

語り手3     今からご覧いただくのはそんなイノシシが出てくる福岡県に伝わる昔話。福岡に伝わるお話ですからここからは福岡の言葉ば使うてお届けしましょうかね。よか?よか? なら!

3人        『イノシシと月』見てやってつかぁざっせ〜

   語り手達、竹楽器でリズムを取り始める。リズムのハーモニー。

語り手1     むかーし昔。人間が言葉ば持たんかった頃のたいがい昔の話たい。

語り手2     山では色んな音の溢れとった。

   語り手はそういうと一人ずつ舞台に躍り出て山の景色そのものになる。
   最後は3人が竹楽器を持ったまま舞台を行き交い山の命となる。
   やがて演奏終わり、

語り手3     そいでからくさ、空でんお月さんの笑いよった。

   語り手、歌を歌う。

♪お月様笑った お月様笑った 何を見て笑った 何を見て笑った♪

イノシシの兄弟

語り手3     ここは山ん中ばい。向かい()うとるとは、イノシシの(あん)しゃんと、

イノシシ兄   ブヒ。

語り手3     イノシシの弟。

イノシシ弟   ブヒ。

語り手3     こんふたりの何ばしよるかといいますと……

イノシシ弟   相撲だ! 兄ちゃん!

イノシシ兄   よし。やるばい!

   語り手3がリズムを取ると、イノシシ兄弟の相撲が始まる。

二人        はっけよいのこった!

   三度勝負し、三度とも兄が勝つ。

イノシシ弟   兄ちゃん強か~。

イノシシ兄   はははは。

語り手3     そん時くさ、山ん向こん方から唸り声ば上げて、風の一目散にやってきんしゃった。(風になって)お———い。大変ば———い。

イノシシ弟   風ばい。

          大事大事大事、大事!

イノシシ弟   風さん。そげん急いでどうしたと———?

          俺はいつだっちゃ急ぎようと———

イノシシ弟   ばってん、そげん急ぐとにはわけがあるとやろ———あげんすばしっこかイタチでん考えなしに走り出さんめーもん!

          そりゃそうくさ———俺が急ぐとにはワケがあると。そのワケば聞かせるけんよーと聞いとけよ———

イノシシ弟   わかった———

          お月(さん)の元気のなかと!

イノシシ弟   お月(さん)の元気のなかと? そりゃおおごとばい!

          だけんくさ湧水の広場でみんなで話し合いばするけん、お前たちもどっちか一人出しちゃらんね———

   風、退場。

イノシシ弟   にいちゃんどげんしよう。お月さんの元気のないげな。

イノシシ兄   よっしゃ、ならお前がいってくればよか。お前はお月(さん)大好きやろ。

イノシシ弟   うん!

語り手1     こげんかしてイノシシの弟ば湧水の広場に向かって猪突猛進駆けていったと。

イノシシ弟   どっどっどっどっ。どっどっどっどっ。

語り手3     ばってん山道っちゅうとは、まーっすぐ走ってばかりじゃ進めんとたい。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手1     のぼってばっかりじゃのぼれんとたい。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手3     じぶん一人じゃ心細か。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手1     喉も乾くしくバリきつかぁ。

イノシシ弟   ぐてん。ブヒーー

   イノシシ弟、倒れる。そこにヒキガエルが登場。

ヒキガエル

ヒキガエル   邪魔や。そこどかんか。地面から出られんやなかか。

イノシシ弟   ごめんごめんごめん。あ! ガマガエル!

ヒキガエル   ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。

イノシシ弟   ガマガエルさん。

ヒキガエル   ヒキガエルち呼んでもらいたかね。

イノシシ弟   ヒキガエルさん。

ヒキガエル   ほい。ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。

イノシシ弟   どこ行くと?

ヒキガエル   湧水の広場たい。お月(さん)の元気のなかて聞いたけん。

イノシシ弟   ボクも行く!ボクお月さん()いとうもん。

ヒキガエル   お前もお月(さん)の好いとうとか。

イノシシ弟   うん!

ヒキガエル   じゃあ一緒に行くばい。

イノシシ弟   うん!

   イノシシ弟、ヒキガエルに合わせて一緒に歩く。

二人        ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。

イノシシ弟   ねえヒキガエルさん。もーちーっと早く行かん?

ヒキガエル   急ぐか。

二人        (しかしペースは変わらない)ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。

イノシシ弟   ヒキガエルさん、ボクの背中に乗りいよ。そしたら連れて行っちゃるけん。

ヒキガエル   (無視)

イノシシ弟   もう! ボク先行くけん。

ヒキガエル   すぐ追いつくばい。

イノシシ弟   じゃああとでね。どっどっどっど。どっどっどっど。(走っていく)

ヒキガエル   ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。ッハッハッハッハッハッハッハッハ。

   語り手による歌。

♪お月様笑った お月様笑った 何を見て笑った 何を見て笑った

イノシシ弟   (登場)どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手3     イノシシの弟は、湧水の広場に向こうてかけていったと。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手1     そしたら、後ろから追っかけてくる奴がおった。

語り手3     どっどっどっど。どっどっどっど。

   何者かはイノシシ弟にぴったりくっついて走る。
   イノシシ弟は振り払おうとするが振り払えない。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手3     どっどっどっど。どっどっどっど。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手3     どっどっどっど。どっどっどっど。

イノシシ弟   どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手3     どっどっどっど。どっどっどっど。

イノシシ弟   もう! 誰?

語り手3     ボク? ボクは君の影たい。

イノシシ弟   影?(再び走り出す)どっどっどっど。どっどっどっど。

          どっどっどっど。どっどっどっど。

イノシシ弟   もうちっと離れとってよ。走りにくか。

          そりゃ無理くさ。だってボクは君の影やけん。

イノシシ弟   じゃあボク止まる。

影          じゃあボクも止まる。

イノシシ弟   とっとっと。

影          とっとっと。

イノシシ弟   すたっ。

          すたっ。

イノシシ弟   どっどっどっど。

影          どっどっどっど。

イノシシ弟   すたっ。

          すたっ。

イノシシ弟   もう! 真似せんで!

          もう! 真似せんで!

イノシシ弟   息を止める。

影          息を止める。

イノシシ弟   ぶは〜

          ぶは〜

イノシシ弟   もう怒った。踏んづけるばい!

          もう怒った。踏んづけるばい!

イノシシ弟   えい!(はずれる)え?

影          え?

イノシシ弟   ほい!(足を戻す。真似されて)うん?

影          うん?

   イノシシ弟、影にことごとく動きを真似される。やがてたまりかねて、

イノシシ弟   もうすかん! ブヒー!

影          ブヒー!(同時)

イノシシ弟   (同時だったのでおかしくなって試す)ブヒ?

          ブヒ?

イノシシ弟   ブヒブヒ?

          ブヒブヒ?

二人        ブヒヒー

イノシシ弟   あはははは!(抱きついて喜ぶ)

影          あはははは!

イノシシ弟   ボク、湧水の広場に行くと。

影          ボクは君について行くと。

イノシシ弟   じゃあ一緒に行こう。

          うん。一緒に行こう。

二人        どっどっどっど。どっどっどっど。

イノシシ弟   君ってボクの影なの?

          そうだよ。

イノシシ弟   へ〜 ボクってそげん風に走りよったい。

          ボクばちゃーんと見て研究しんしゃい。ぴょーん。

イノシシ弟   ぴょーん。

          さっさっさっさ。

イノシシ弟     さっさっさっさ。

          じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。

イノシシ弟   じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。

          もっとよく見らんね。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。

イノシシ弟   じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。じぐざぐじぐざぐ。おお! じぐざぐできた!

          自分を知ればなんでもできるばい。

イノシシ弟   ねえ影くん、お月さんはどうして元気のなくなってしもうたと?

          君はどげん思いよると?

イノシシ弟   わからん。

          君にわからんかったらボクにもわからん。

イノシシ弟   そうやね。行こう! どっどっどっど。どっどっどっど。

          どっどっどっど。どっどっどっど。

語り手1     こげんかしてイノシシの弟とその影は、野山ば駆けていって、ようやっと湧水の広場にやってきた。

   竹楽器によってポコポコ湧き出る湧水が表現される。

湧水の広場

イノシシ弟   湧水の広場だ!(水を飲む)ごくごくごくごく……ぶは〜うまか~。影くん、君も飲みーよ。ここの水ちかっぱうまかけん。あれ? 影くん?

語り手1     ばってん、影ん姿はもう見えんくなとった。山はふかーか(深い)夜になっとたと。

   音楽。語り手1と3が夜の山の景色となる。不安になるイノシシ弟。
   演奏終わり。

語り手1     そしたら、湧水の広場には、山の動物たちがどんどんと集まってきた。

語り手3     ウサギ!

語り手1     タヌキ!

語り手3     クマ!

語り手1     ヘビ!

語り手3     コウモリ!

語り手1       サル!

語り手3     フクロウ!

   動物は、竹筒に木や竹で細工された置き人形によって表現される。

フクロウ     ホウホウホーウ。みんな揃うたか〜

動物達      (めいめい返事。みんな再会を喜ぶ)

イノシシ弟   (知り合いがいないのでどうしていいか分からない)

フクロウ     ホウ、ホウ、ホーーーーーウ! もう聞いとうと思うばってん、お月(さん)は最近元気のなからしか。

動物達      (ざわつく)

フクロウ     いつでんお世話になっとるお月(さん)だ。みんな色々大変なこともあるやろうばってん、お月(さん)を元気づけるために一肌脱いじゃってん!

ヘビ        一肌脱ぐ? よかよ。(脱ぎ始める)

フクロウ     ああ、ちゃうちゃうちゃう。ヘビ。ほんなごと脱がんでも良か。こんなところで脱皮してどうする? 一肌脱いじゃってん言うのは、力ば貸してほしかということばい。

ヘビ        もう! ややこしか言い方ばせんどいて。

動物達      (笑う)

イノシシの弟 (よく分からないが笑う)

クマ        誰な?

タヌキ      見かけん顔やなあ。

フクロウ     お前イノシシの弟やな?

イノシシの弟 (うなづく)

フクロウ     やっぱし。こないだまでウリ坊やったとが、もうこげん大きくなったとか。(あん)ちゃんは元気か?

イノシシの弟 (うなづく)

動物達      (「なんだこいつイノシシの弟かあ」など)

フクロウ     いかんいかん。話し合いばい。みんな(なん)か良か案のなかか?

ウサギ      贈り物ばするとかどげん? うったちウサギはお餅ばついてお月(さん)にお供ばする。

タヌキ      どげんしよう。おいたち狸はお餅ばつくための杵も臼も持っとらんばい。

ウサギ      ありゃ。あんたたちには立派な腹づつみのあるじゃなかね。その腹づつみば叩いて音楽ばせんね。それだっちゃ立派な贈り(もん)ばい。

タヌキ      よし、じゃあおいたちタヌキは、自慢の腹づつみばお月(さん)に聞かせちゃろう。

サル        俺たちサルは谷渡りば見せちゃろう。

クマ        ボク達クマは、逆立ちするばい。

ヘビ        (あたき)たちヘビは踊ります。

コウモリ     ワシらコウモリは歌うばい。

フクロウ     ホウ、ホウ、ホーーーーウ。なんだか出し物大会みたいになってきたな。よし。じゃあわしは司会ば務めちゃろう。今度の十五夜の晩は、ここ湧水の広場に集まって、お月(さん)を元気付けるための出し物大会ばい。みんな良かね?

ヘビ        待って。こん子、まだ何ばするか言うとらんよ。

クマ        お前何ばすると?

イノシシ弟   ……。

動物達      何ばすると〜?

イノシシ     (泣く)

フクロウ     ああ、泣くことはなか。泣くことはなかぞ。ここに来たっちゅうことは、お前もお月(さん)のことが好いとうとやろ?

イノシシ弟   (うなづく)

フクロウ     そんならオレ達もおんなじばい。なあに、十五夜の晩まではまだ時間のある。何ばするか、帰って兄ちゃんとゆっくり話し合えば良かたい。

イノシシ弟   (うなづく)

フクロウ     ならみんな、十五夜の晩にまーたここに集まろう。

みんな      (返事をして退場)

イノシシ弟   兄ちゃん。

   イノシシ弟、とぼとぼと家路につく。
   語り手、イノシシ弟を見守るようにテーマ曲をハミングで歌う。

♪ハミング(お月様笑った)♪

イノシシの兄弟

イノシシ兄   (酒を飲んで)ぶひ〜。出し物大会かあ。

イノシシ弟   にいちゃん、どげんする?

イノシシ兄   う〜ん……どげんしよっかね。

イノシシ弟   餅つきは?

イノシシ兄   いやあ、オレ達は杵も臼も持っとらんけんな。

イノシシ弟   じゃあ腹づつみ。

イノシシ兄   そりゃ無理ばい。オレ達のお腹はタヌキみたいには響かんけん叩いてもお腹が痛くなるだけばい。

イノシシ弟   谷渡りは?

イノシシ兄   谷渡り出来んし、

イノシシ弟   逆立ち!

イノシシ兄   逆立ちも出来んし。

イノシシ弟   どげんしよう。ボク達なーんも出来んばい!

イノシシ兄   ははは。(なん)も出来んってことはなかくさ。オレ達にだっちゃなーんか出来ることはある。ばってん今日は、湧水の広場までよー行ってくれたね。

イノシシ弟   遠かったばい。

イノシシ兄   そうやろう。兄ちゃんでんあそこまで行くとはおおごとやもん。

イノシシ弟   ばってん、帰りは近かった。

イノシシ兄   冒険やったね。湧水は飲んだとか?

イノシシ弟   飲んだ。ちかっぱうまかった。

イノシシ兄   しも〜た〜、汲んできてもらったら良かった。あれで飲む水割りはほんなことうまかもんなあ。

イノシシ弟   兄ちゃん飲み過ぎ。

イノシシ兄   お疲れ(さん)。今日はもう寝ろう。

イノシシ弟   うん。……兄ちゃん、お月(さん)はなんで元気のなくなったと?

イノシシ兄   うーん……なしかいな。

イノシシ弟   兄ちゃん、ボクね、今日泣いたと。

イノシシ兄   お? なんでや?

イノシシ弟   分からん。ばってんずっとは泣かんかったよ。

イノシシ兄   そうか。じゃあ(つよ)うなったとたい。

イノシシ弟   うん! おやすみ。

イノシシ兄   おやすみ。

   イノシシ弟、眠る。すると、そこに月が現れる。

月          坊や。坊や。

イノシシ弟   誰?

月          あら。あんたが会いたがっとったけん来たとやけど。

イノシシ弟   お月(さん)

          そうよ。さ、行きまっしょう。

イノシシ弟   どこいくと?

          お散歩。

   イノシシ弟、月についていく。

イノシシ弟   あれ? ボクの体、宙に浮いとうよ。

          そりゃそうくさ。月のお散歩やけん。

イノシシ弟   うわ、木が全部下にある。絨毯ごたあ。

          さあ、もっと高くにのぼりますばい。

イノシシ弟   雲だ! お月(さん)、ボク雲食べてみたか~。

月          食べてみんしゃい。

イノシシ弟   いただきます!

月          雲の味はどけんね?

イノシシ弟   あま〜い。これ、兄ちゃんに持って帰っても良か?

          好きにしんしゃい。

イノシシ弟   (詰める)

          さあ、もっと先へ行きますばい~。

イノシシ弟   うわあ。お星(さん)綺麗か~。

          いい夜やね。

イノシシ弟   お月(さん)、なんで元気のなくなってしまったと?

月          あら。なんで私が元気がないって知っとうと?

イノシシ弟   風さんが言いよった。

          もう。あのおしゃべり。

イノシシ弟   なんで?

          なんでかなあ。

イノシシ弟   わかった。大人の事情だ。

          え? あはは。そんなところかなあ。

イノシシ弟   元気出して。僕たち出し物大会するから。

          出し物大会? 何ばすると?

イノシシ弟   ウサギさんは餅つきで、タヌキさんは腹づつみ。クマさんは逆立ちで、おサルさんは谷渡り、

月          イノシシは? イノシシはなんばすると?

イノシシ弟   決まっとらん。だって僕たち何にも出来んもん。

          何にも出来んことはなかじゃなか。イノシシといえばあれじゃなかね。

イノシシ弟   あれってなに?

          あれたいあれ。

イノシシ弟   なーに?

          あーれ。

イノシシ弟   お月さんどこ行くの? あれってな〜に? あれってな〜に? あれってな〜に?……はっ。なんだ夢かあ。僕たち何すればいいのかなあ……。

♪お月様笑った お月様笑った 何を見て笑った 何を見て笑った♪

十五夜

   ヒキガエルが登場。

ヒキガエル   ペタン。ペタン。ペタン。ペタン。着いた。湧水の広場ばい。今宵は満月。十五夜たい!

語り手3     ウサギ!(次々と集う)

語り手1     タヌキ!

語り手3     クマ!

語り手1     ヘビ!

語り手3     コウモリ!

語り手1     サル!

フクロウ     フクロウ! ホウホウホーウ。みんな揃ったか〜

動物達      (返事)

ヘビ        あら、イノシシの坊やが来とらんばい。

フクロウ     そうか。なんばするか決められんかったとやな。ばってんしょんなか。始めるばい。十五夜お月(さん)に捧げる出し物大会。お月(さん)みてやってつかあざっせ〜

   音楽。
   「ウサギの餅つき」を皮切りに「タヌキの腹づつみ」「クマの逆立ち」「ヘビの踊り」「コウモリの歌」「サルの谷渡り」が披露される。
   語り手2がリズムを刻み、語り手1と3がそれぞれの動物で出し物をし、空いているもう一方が実況をしている形。

フクロウ     出し物大会これで終了。

イノシシ弟   待って!僕たちもやる。

フクロウ     おう、イノシシか、なんばするとな?

イノシシ弟   相撲だ! 兄ちゃん!

イノシシ兄   よし。お月さんに捧げる奉納相撲ばい。

イノシシ弟   ばってん、真剣勝負ばい。

イノシシ弟   そりゃそうくさ。いくばい。

語り手3がリズムを取ると、イノシシ兄弟の相撲が始まる。

イノシシ兄弟 はっけよいのこった!

   イノシシ兄の技を弟がなんとか堪える。ついにひっくり返りそうになったその時、

語り手3     そん時、満月の光い照らされて、イノシシの弟の影が現れたったい。

イノシシ弟   影くん!

          もう一踏ん張りばい!

イノシシ弟   うん! それ!

   イノシシの弟残る。そして接戦の末、兄を投げ飛ばす。

イノシシ兄   負けたあ〜

イノシシ弟   勝った。ボク、勝った。やった〜

喜び駆け回るイノシシ弟。その時イノシシ弟は月を見上げて、

イノシシ弟   あ! お月(さん)が笑っとう。兄ちゃん。お月(さん)、ボク達ば見て笑いよーよ。

イノシシ兄   ほんなごと。

イノシシ弟   きれ〜か〜

イノシシ兄   きれかね〜

語り手3     こげなことがあったけん、満月の夜いなったらくさ、イノシシの山で相撲ば取りよるとげな。ヒキガエルはどげんしとったかって? ヒキガエルはずーっとお月さんば見つめとったそうな。

ヒキガエル   きれ〜か〜

   語り手3、月を見上げて歌い始める。

♪お月様笑った お月様笑った 何を見て笑った 何を見て笑った♪

   やがてイノシシ弟、ヒキガエルを演じていた語り手1、2も歌い始める。

♪お月様笑った お月様笑った 何を見て笑った 何を見て笑った♪

♪イノシシの相撲見て イノシシの相撲見て♪

♪声出して笑った 声だして笑った♪

♪みんなの出し物を見て みんなの出し物を見て♪

♪声出して笑った 声出して笑った♪

♪みんなの顔見て みんなの顔見て みんなの顔見て みんなの顔見て♪

♪嬉しくて笑った 嬉しくて笑った♪

語り手3     んなら今日は、こいで終わりにしまっしょうかね。

三人        『イノシシと月』おしまい。


元になった昔話

猪と月

福岡県宗像郡宗像町赤間

山の中で動物がみんな集まって、「明日の晩は十五夜だから、めいめいが面白いことをしてお月さんに見せよう」と相談する。ウサギは月見の餅つき、狸は腹づづみ、猿は木登りというように、みんな何かするが、猪だけが何もできないのでバカにされる。猪ががっかりして帰宅すると、弟猪が事情を聞き、翌晩、山の上で二匹が相撲を見せる。月が笑い、みんなも見物しに来ると、月は「自分のことを自慢して、人のことを笑ってはならない。猪が一番良い」と言った。それで猪が月夜に山の中で相撲を取るのである。

日本昔話通観23福岡・佐賀・大分1980年同朋舎より

創作にあたって

本作を製作するにあたって執筆した記事もございます。長いですが、お時間のある方はぜひご覧くださいませ。


【なぜ生演奏?】(音楽・振付担当の西村りなさんとの対談)
その1「子守唄の周波数」
その2「電子音の溢れる今だからこそ生演奏を!」


【なぜ山?】
その1「まず山に入ったわけ」
その2「4歳の子を魅了した山の秘密」
その3「ぼーっとした時に見えてくるもの」


【なぜ昔話?】
「アニミズム期を生きる子ども達に動物昔話を!」