『また明日もあそぼうね』

脚本 日髙恵子
2024年1月27日

【登場人物】

ケイコ 64歳
とし子 87歳(ケイコの母)
サトシ 60歳(ケイコの弟)

11歳の頃のカズちゃん
11歳の頃のテッちゃん
7歳の頃のユミちゃん
7歳の頃のマサシ君
6歳の頃のサトシ

40歳の頃のお父ちゃん


1,兵庫県丹波市のケイコの実家

山すそを切り開いた斜面にある実家の墓。
ケイコ、とし子、サトシの三人で墓参りをしている。

サトシ        おかあちゃん階段やのうて、あっちの道から上がろか。

とし子に寄り添いスロープを上がるサトシ。

ケイコ        きれいなお花、ありがとうね。

サトシ        昨日ついたから、一応掃除はしといた。

ケイコ        お母さんお墓参りいつぶりや?

とし子        せやねえ、二、三日来れへんかったやろか?

ケイコとサトシ思わず目を見合わせる。

ケイコ        私は四年ぶりやけどな。

とし子        えっー、あんた四年も参ってえへんの?

ケイコ        よう言えるは。お母さんもさっき一緒に丹波ついたんやんか

サトシ        お母ちゃんはどこでもドアもっとってんやな。鹿児島からでもひとっとびやなあ。

ケイコ        サトシがお墓きれいにしてお花もが活けてくれたんよ。

とし子        それはそれは、おおきに。

三人で墓前に手を合わせる。
線香の香り。

ケイコ(モノローグ)        私は四年ぶりに認知症の母を連れ、弟とともに父のお墓参りに来ました。私には、二十歳の時に相次いで亡くなった幼なじみがいました。

ケイコ         サトシ、カズちゃんとテッちゃんのお墓知ってる?

サトシ        (手を合わせていたサトシがふりかえり)カズちゃんとテッちゃんか懐かしいなあ。どうかしたんか?

ケイコ        ううん。どうもせえへえんけど。

サトシ        もう何年になるかいなあ?お墓どこやろなあ。

ケイコ        ・・・

ケイコ(M)     私は、二人のお通夜もお葬式にも行かせてもらえなかったのです。

サトシ        あ~おかあちゃん、階段は危ない!待って待って!姉ちゃん、いったん帰ろか。

ケイコ        うん。


2,実家の縁側

とし子とサトシが縁側で饅頭を食べている。
奥の部屋からケイコが古いアルバムを持って出てくる。

ケイコ         あったあった。ほら、この写真。

サトシ         おおー、懐かしいアルバムやなあ。

ケイコ(Ⅿ)アルバムには三・四歳ごろの私とカズちゃんがお互いにのけぞるように肩を組んだ写真と、私とテッちゃんがおしゃれして写った写真がありました。

ケイコ         お母さん覚えとる?

とし子         よーこんな写真があったねえ。

ケイコ        誰かわかる? 

とし子                 あんたとカズちゃん。かわいいねえ。

ケイコ        こっちは?

とし子         これはー、あんたと・・・・・テッちゃんかいねえ。

ケイコとサトシ目を見合わせる。

ケイコ        よう覚えとるやん。

サトシ        俺 (かみ)お寺(おてら)さんに二人のお墓の場所聞きに行ってみるわ。

ケイコ         ごめんやけどお願いね。気いつけて。

サトシ退場。
何事もなかったように饅頭を食べ続けるとし子。

ケイコ        お母さん、カズちゃんとテッちゃんのお葬式覚えとる?

とし子         へっ‼あの子ら亡くなっちゃったん?いつ?

ケイコ        いつって・・・

とし子         このお饅頭どこの?

ケイコ         荒木さんとこのん!お母さん饅頭のほうが大事なん?お通夜にもお葬式も行かせてくれへんだくせに。

とし子        あんたが若かったさかい。

ケイコ        えっ!

とし子退場。

ケイコ        若かったさかいって。なんやねん。

また、アルバムを見る。

ケイコ        うわー懐かしー!火の用心や。

ケイコ(M)カズちゃんが両手に拍子木を持ち、テッちゃんサトシ、ユミちゃん私が2列で歩いている写真でした。

とし子木箱を持ってくる。

ケイコ        お母さん、さっき若かったさかいって言ったよね。あれどういうこと?

とし子木箱を渡す。退場。

ケイコ        この箱何?

木箱を開ける。

ケイコ        こんなんあったんや。懐かしー。

ケイコ拍子木を打つ。
木霊のように拍子木の音が聞こえる。

カズちゃん    火の用心マッチ一本火事の元~

ケイコ            カズちゃん!カズちゃんの声や。

ケイコ裏庭の窓を開ける。
11歳のカズちゃんが拍子木を打っている。

ケイコ            カズちゃん、

テッちゃん    火の用心、戸締り用心いたしましょう。

ケイコ            テッちゃん、

ケイコ(M)    なんということでしょう。そこに幼いころの幼なじみがみんないるのです。

カズちゃん    火の用心、風呂を焚いても家焼くなー

サトシ            火の用心、風呂を焚いても家焼くなー

ケイコ            サトシもいる!

ユミちゃん    サっちゃん、兄ちゃんの真似せえへんの!

ケイコ            ユミちゃんも!

カズちゃん    火の用心、風呂を焚いても家焼くなー

サトシ            火の用心、風呂を焚いても家焼くなー

ユミちゃん  もう!ケイコちゃん、はようきて。サっちゃん兄ちゃんの真似ばっかりしてやー

ケイコ            えっ?

ユミちゃん    ケイコちゃん、はよう!

その時、ケイコの横を子ども時代のケイコが飛び出していく。

ケイコ            こらーーー、悪いことマネせえへんの!かずちゃんもふだけすぎや―

カズちゃん    当たり前だのクラッカー

子どもたちの笑い声。
再び、「火の用心マッチ一本火事の元~」と、退場。
ケイコも後を追いかけて、退場。


3、昔のふるさとの光景

夕焼け空にわらの土俵。

みんな                かーごめかごめかーごのなーかのとーりはいついつであうよあけのばんに鶴と亀がすーべった後ろの正面だーれ

マサシくん        ユミちゃーん

みんな                残念でしたー

マサシくん        うーん、カズちゃん

みんな                あったりー

カズちゃん        へっ、へっ、へっ、へ、へのかっぱー。みんなー相撲するどー。さあ、誰からやー

何番かとったのち、

みんな            カズちゃんつよすぎー。

カズちゃん    みんな弱いのう、テッちゃんもう一番しよう。

テッちゃん    僕はもうええわ。そろそろ帰らんと。

マサシくん    お兄ちゃん、お父さん帰ってきちゃったでー。

ケイコ                (しこをふみながら)テッちゃんのかたきとったげるねー。バイバーイ。また明日も遊ぼうねー。カズちゃん覚悟‼

ケイコ、カズちゃんにとびかかる、ズボンのゴムに親指を滑り込ませる。

サトシ            姉ちゃーん、夕焼け番長の意地みせちゃれー

ユミちゃん        ケイコちゃーんがんばれー

ケイコ、みんなの声援を受けてかなり粘ったが、最後は足を引っかけられてあえなく倒れてしまう。

カズちゃん        ハアハア、ハアハア、夕焼け番長どうや俺にはかなわんやろ。

ケイコ                ハアハア、ハアハア、もう一回!

遠くでとし子の声。

とし子                ケイコー、お風呂焚いといてー

ケイコ                ちぇっ!ええとこやったのにー

とし子                さっさとしてやー

ケイコ            がってんしょうちのすけー。

カズちゃん    夕焼け番長も、お母ちゃんにはかなわんのお

ケイコ                そういうこっちゃ、カズちゃん、この前すんばひろてきてん。きょうお風呂たくのに使わへん?

カズちゃん    新聞紙あるさかい大丈夫や、おおきに。今日のところはカラスが泣くからかーえろ。

ケイコ(M)    すんばといううのは枯れた杉の葉っぱのことで、新聞紙も貴重な資源でした。お風呂を焚くのも子どもの仕事で、焚き付けの工夫をしていました。

カズちゃん、口笛吹ながら帰る。

ケイコ           カズちゃーん、さいなら、また明日もあそぼうねー。サトシゴムとびのゴム忘れな

                        さんな。

サトシ           姉ちゃんまってえなー、ユミちゃんさいなら。カラスが泣くからかーえろ。

ユミちゃん    カラスが泣くからかーえろ。
一面のれんげ畑。
かくれんぼ。

ケイコ           ユミちゃんみーつけた。

ユミちゃん        しまったしまったしまくらちよこ。(笑いながら)あれあれ、そのお尻は、サッちゃんみーつけた。

サトシ           ユミちゃんずるいー。

ユミちゃん    サっちゃんれんげの花からお尻ぽこっとでとるんやもん。笑

カズちゃん    サっちゃん、腹ばいでぺたんこになるんや。

ユミちゃん    兄ちゃんもみーつけたー。

カズちゃん    今は、タンマや。

ケイコ           テッちゃんとマサシくん今日は出て来てないね。

カズちゃん    れんげ畑で遊んだらいかんねやて。

サトシとユミ            なんで!

カズちゃん    れんげはえさになるさかいふんだら刈りにくうなるであかんねやて。

ケイコ                ほんでも、ここのおいちゃんが、子どもらあは遊んでなんぼや、遊べ遊べいうとっちゃたよ。

カズちゃん    そうなんやけど、人の田んぼで遊んだらいかんてしかられたみたいやど。

サトシ           し~らけむーしとーんでいけ東の空へ、みじめみじめ

みんな           (笑う)

ケイコ(M)            あの頃は、田んぼは稲刈りした後は子どもの広場のようにして遊んでいました。今思えばおおらかな時代だったのだと思います。

子どもたちジングルベル歌いながら。

山下スキー場(山下さんちの裏山の坂)。

ケイコ(M)    私たちは山下さんちの裏山の坂を勝手に山下スキー場と名づけて毎日滑りに行っていた。

カズちゃん  サっちゃん新しいソリつくってもろたんこ?

サトシ           うん、大工のおいちゃんが作ってくれちゃった。

カズちゃん    ええのう、竹がついとるで、ようすべるのう。俺にも貸してえな。

サトシ           うんええで

ケイコ           見てー。うちのんはそりのところおおきゅうしてもろてん。

カズちゃん    アッと驚く為五郎!

みんな           (大笑い)

テッちゃんが走ってくる。

ケイコ            あっ、テッちゃーん。来れたん?

テッちゃん    ちょっと見に来ただけなんや。

カズちゃん    オーッノー!(手ぶりする)テッちゃんこわがりやもんのう。

ケイコ            サトシらのコースはあんまりスピードでえへんし、大丈夫や思うよ。

テッちゃん    ほんまに楽しそうやなあ。ちょっとやってみよかなあ。

ユミちゃん    せやせや、なんでもやってみんと。マサシくんは?

テッちゃん    寒いの苦手やて

ユミちゃん    こんな面白いのに、もったいなー。

ケイコ            みんなー、テッちゃんがそり滑りしてやから、のいといてー

テッちゃん    どうしよ。

カズちゃん    しっかり紐持っとったら大丈夫や!ちょっとだけ右の紐強めに持てよ。

みんな            がんばれー

テッちゃん    ひゃーーーー

テッちゃん滑る。

ケイコ            どやった?

テッちゃん    アッという間やったわ。どきどきした。せやけど面白いなあ。

ケイコ            せやろ、もいっぺんしてみたら?

ケイコ(Ⅿ)    テッちゃん本当にうれしそうで、あんなすがすがしい笑顔を見るのは初めてでした。カズちゃんも上手くフォローしてくれて、みんな優しかったです。

みんな            (笑い声)

お父ちゃん、遠くに登場。

お父さん        お前らー気いつけえよー。ストーブの上に酒粕も芋もやけとっどー。

ケイコ            おとーちゃーん。ありがとー。

そこに母が登場。

とし子                お父さん、ケイコは若いさかいお葬式にはいかせんほうがええわ。若い女の子が若い男の人の葬式行ったりせんほうがええて昔からいうもんね。

ケイコ            お母ちゃん!

拍子木の音。


4、夢から覚める

サトシ        ただいま。姉ちゃん、分かったで。姉ちゃん。

サトシ寝ているケイコの元へ 。

サトシ        なんや寝とんのかいな。なんでこんなとこに拍子木があるんや?懐かしー。

サトシが拍子木を打つ。

ケイコ        お母ちゃん‼

サトシ        なんや寝ぼけとんのんかいな。この拍子木どこにあった?

ケイコ        拍子木・・・

サトシ        箱に大名草(おなざ)子ども会って書いたるわ。

ケイコ        さっきお母さんが持ってきた。

サトシ        火の用心回っとったなあ。

ケイコ        うん。

サトシ        風呂は焚いても家焼くなーってな。(笑)

ケイコ        うん。さっき夢見とった。カズちゃんもテッちゃんも、ユミちゃんもあんたも、マサシくんも私も。みんな元気いっぱい。楽しそうやった。

サトシ        あの頃はほんまにおもろかったなあ。毎日あれだけよう遊べたわ。この写真、カズちゃん姉ちゃんと肩くんでにやけとるなあ。テッちゃんは、せやせやお坊ちゃま君やったなあ。

ケイコ        みんないきいき生きてたよねえ。明日が来るの当たり前みたいに。

サトシ         俺なあ、カズちゃんとテッちゃんが亡くなった時、次は俺の番や思うて怖かったわ。姉ちゃんにこの話したことないな。

ケイコ        うん。私も。びっくりしてすぐに帰ってきたのに、お通夜もお葬式も行かせてもらえへんかったねん。

サトシ        なんでやったんやろ。

ケイコ        わからへん。あの時、なんで聞かへんかったのか、なんぼ考えても思い出せへん。

サトシ        俺も高校の寮やったし。詳しいことは知らんけど、親父らあもショックやったんやと思う。

ケイコ        私はお別れをちゃんとしてないいう負い目というのか、とげといううのかがずっとあって。 今日、初めてお母さんに聞いてみた。

サトシ        なんて言うた?

ケイコ        二人が亡くなったことも忘れとったわ。

サトシ        認知症のええとこや。いやな記憶は消去できるらしいわ。

ケイコ        そんでも、あんたが若かったさかい。って言ったよ。

サトシ        ああ、昔はそういうとこあったなあ。娘は嫁に行くまでは傷物にせんようにとか。 お母ちゃんもそういうの気にするほうやったやろ。

ケイコ        うん、異常なくらい。

とし子が入ってくる。

とし子        ご飯はどうなっとるの?

サトシ        腹減ったんか?

とし子        別に。

ケイコ        お母さん、カズちゃんとテッちゃんのお葬式なんでいったらあかんかったん?

とし子        ご飯は?

ケイコ        そっちかいな。

サトシ        姉ちゃん、お墓の場所わかったさかい、明日にでもお参りしよか。俺もこの歳までこさせてもろたし、姉ちゃんも堂々とお参りできる女の子になったし。

ケイコ         堂々って。(笑)せやね、お参りするまでに長いことかかってしもたけど。

とし子         あんたらも歳とったね。

ケイコ・サトシ        ハイハイ、順調に!

ケイコ(M)    カズちゃん、テッちゃん、そっちでも一緒に遊んどるの?二人と遊んだぎょうさんの思い出が私の宝物やった。その宝物は今の私の生き方にちゃんとつながってるんよ。すごいよねー。カズちゃんテッちゃん私の幼なじみでいてくれてありがとう。また、いつか一緒にあそぼうね。

終わり