『滝が見える夜』

脚本 川村美由喜
2024年1月27日

【登場人物】

山田(やまだ) 将(マサル)(まさる)  30歳。(かい)社員(しゃいん)

二宮(にのみや) 和則(かずのり)  愛称(あいしょう) のやっさん 。70宮大工(みやだいく)

郡山(こおりやま)十郎(じゅうろう)     71(さい)。マサルのアパートの大家(おおや)

若宮(わかみや) ヨシ(え)      71(さい)和則(かずのり)(ぜん)十郎(じゅうろう)(さけ)(の)仲間(なかま)

山田(やまだ)三郎  (さぶろう)   59(さい)。マサルの(ちち)

山田(やまだ) 真由美     55(さい)。マサルの(はは)

居酒屋(いざかや) 店主     52(さい)

(たき) 玲子(れいこ) 


1、東京都の閑静な住宅街にあるマサルの実家

八畳ほどの広間。
マサル、玉三郎、真由美の三人が、法事の後の会食(お斎(さい))の後片付けをしている。

マサル        ゴミ袋どこ?

真由美        いいわよ。持ってくるから。

真由美、皿をお盆に乗せて、台所へ。
マサル、ゴミを片付けながら、テーブルの脚をたたむ玉三郎を、ちらりと見る。
気まずい沈黙。

真由美        これで足りるかしら?(ゴミ袋大を持って戻ってくる)

マサル        うん。ありがとう。

真由美        じゃあ、このまま皿洗いしちゃうから、後はよろしくね。

マサル        うん。

玉三郎        ああ。

真由美、退場。
サッサとゴミをまとめて部屋を出ていこうとするマサルに、玉三郎が話しかける。

玉三郎        今日は賑やかだったな。

マサル        そうかな。

玉三郎        ユタカ君、今年で二十八だってな。偉いもんだ。

マサル        そう。

玉三郎        おまえ。悔しくないのか?

マサル        べつに。

玉三郎        年下のユタカ君が、あんな立派に出世して、何とも思わないのか?

マサル        べつに。

玉三郎        結婚して、子供にも恵まれて。ユタカ君なら将来も安泰だろう。マサル、本当に悔しくないのか?

マサル        べつに。

玉三郎        はぁ・・そんなんだからおまえは、

マサル        だから別にって言ってるだろ。なんでそんなしつこいんだよ。

玉三郎        なんでって・・・心配してやってるんだろう。三十にもなって、アシスタント止まり。このあいだの昇進試験も、ダメだったんだろ?仕事もパッとしない。結婚もしない。立派な人間になりたいなら、もっとしっかりしなさい。

マサル        いいから、もうほっといてくれ。

玉三郎        まったく。もういい。来週の日曜日、空けときなさい。

マサル        は?なんで。

玉三郎        緑川先生の娘さん、結婚相手探してるそうでな。話は付けたから、会ってみなさい。

マサル        なんで勝手にそんなことするんだよ!

真由美が慌てて戻って来る。

真由美        ちょっと、どうしたの?

マサル        父さんが、勝手に見合いの約束してきたって。日取りまで決めて。

真由美        ええ?あなた、本当なの?私、そんな話聞いてませんよ?

玉三郎        何を怒ってるんだ。私は、マサルにもっと意義のある人生を送ってほしくて・・・

マサル        困るんだよ!見合いなんて勝手に決めて。いつの時代の話だよ。するつもりないし。そもそも、その日は行けないから。

マサル、カバンからパンフレットを出して、テーブルにバサッと置く。

真由美        「伊佐へ移住するアナタへ」・・・マサル、これ・・

玉三郎        何なんだ、移住って?伊佐ってどこだ?

マサル        鹿児島県伊佐市だよ。おれ、今週末から鹿児島に移住する。

玉三郎        は?

真由美        え?

マサル        だから、見合いは断って。

玉三郎        おまえ、そんな勝手な・・・

マサル        勝手なのは父さんだろ!

真由美        鹿児島って、なんでまた・・・?

マサル        別にいいだろ。もともと行ってみたかったし。

玉三郎        行ってみたかったっておまえ・・・仕事はどうするんだ。

マサル        完全リモートワーク制になったから、東京に居なくても仕事はできる。

玉三郎        ばかな。完全リモートワークって言ったって、そんな遠くじゃ何かあったとき不便だろ。

マサル        会社が推奨してるから大丈夫だよ。

玉三郎        そんな上手い話があるか。きっと何か落とし穴があるんだ。

マサル        別にあってもいい。とにかく、もう決めたから。

玉三郎        勝手にしろ!

玉三郎、退場。

真由美        マサル、ごめんなさいね。お見合いの話お母さん、知らなくて・・・後でお父さんには厳重に抗議しないと。

マサル        いや、こっちこそ、移住の件話すの遅くなってごめん。

真由美        いいのよ。マサルもいい大人なんだから、好きに決めて、好きにしたらいい。

マサル        うん。

真由美        それで、伊佐ってどんなところなの?

マサル        わからない。檜原村みたいなとこって聞いたけど。

真由美        村の九割が森に囲まれてるっていう・・・あの?

マサル        うん。そこに社長の知り合いが経営してるアパートがあるらしくて、家賃がすごく安いんだ。移住は前から考えてたんけど。さすがに鹿児島は遠すぎるかなって迷いもあって・・・でもなんか、かえって良かったのかな、って今日思った。

真由美        お父さんね。

マサル        うん。正直、ついていけないし。勝手にお見合いなんて、何を考えてるんだか・・・父さんは、おれが自分の思いどおりにならないと気が済まないんだろうね。仕事も、結婚も、全部に口を出したがる。このまま近くにいたら父さんのこと、もっと嫌いになりそうで、だから、鹿児島くらい離れてた方が、ちょうどいいのかなって思った。

真由美        そうね。母さんは、二人には納得いくまで話し合ってほしいって思うけど、マサルの気持ちが落ち着くまで、離れてみるのも良いかもね。よし。お父さんのことは任せて。落ち着いたら、ちゃんと話をするのよ。お父さん、マサルが心配でたまらないんだから。まあね、ちょっと融通きかないところあるけど、マサルの考えてること、根気よく教えてあげてね。

マサル        うん・・・父さんに聞く気があればね。

(暗転)


2,マサル、移住の日

鹿児島行き飛行機の機内。
搭乗する人でごった返す中、早めに座席に着いたマサルは、スマホを見ている。
そこへ、浅草帰りで、独特のみやげ袋を持った和則が登場。

和則            すんません。奥、座ってよかですか?

マサル        え?ああ・・・どうぞ。

マサル、気づいて立ち上がり、通路によける。

和則            いや~、悪かですね。体が太かもんで。すんません、すんません。

マサル        いえ・・・あ・・・荷物、上にあげましょうか?

和則            よかよか。イスん下に入れるけん。ありがとお。

マサル、軽く会釈をして、自分の席に座る。
和則、ガサガサみやげ袋をあさくる。
マサル、和則が気になり、横目で見ている。
和則、大きなメロンパンを取り出す。

マサル        ・・・浅草花月堂ですか?

和則            おー、兄ちゃん。こん「めろんぱん」知っとるね。有名なヤツらしかなぁ。なかなか買えんち聞いたどん、たまたまどっさい売っとったで。おてっき買うてきかたじゃ。よかったら一個食べんね。

マサル          え? え? え?

戸惑うマサルの手に、一袋の「めろんぱん」を半ば強引に押し付ける和則。
なんだかよくわからないまま受け取るマサル。

和則            うんまからしかど。

マサル        は、はあ・・・。 ありがとうございます・・・。

和則            よかよか。いや~、ようなっと帰っがな。兄ちゃん、あんたも帰省すっとね?

マサル        え?

和則            東京から帰るところなの?

マサル        あ・・・いや、ボクはもともと東京で。鹿児島に引っ越すんです。

和則            おー、じゃっとね。そいわ良かったが。鹿児島のどこらへんね?

マサル        えっと・・・伊佐市ってところなんですけど・・・。

和則            なんね、伊佐市ね!おいも伊佐じゃっど。伊佐の大口山野ってとこ。

マサル        は、はぁ・・・。

和則            で、伊佐のどこね?

マサル        えーと、オオクチ・・アオキ ?・・・です。

和則            ほうね、青木ね。 近か近か。こいは縁があるもんじゃ。転勤かなんか? あ、学校の先生ね?

マサル        え? いえ、学校の先生ではないです。仕事で転勤というよりは、田舎暮らしみたいなのに憧れてて・・・。あ、田舎っていうか、地方っていうか・・・

和則            ああ、言い直さんでよかよか。東京ん人からみたら、まっこて、田舎やっで。

マサル        あ、いえ・・・すみません・・・ えと、おじさんは旅行帰り、ですか?

和則            ちごちご。仕事で出てきたと。今よ、浅草のお寺さん、工事しとるやろ。それで、行ってきたとよ。おいは、宮大工やっで。

マサル        へぇ~、宮大工・・・ カッコイイですね。

和則            じゃっどが。

マサル        でも、東京のお寺なのに、鹿児島の人が直しに来るんですね。

和則            仕方なかとよ。 人が少なかで。 つっても、もう引退してるから、おいは、簡単な手伝いしかできんけど。

マサル        そうだったんですね。

和則            まぁ、頼りにされとるうちは、きばらんとね。 そういや、兄ちゃんは、仕事は? 移住ってことは、今から探すの?

マサル         ボクは、こっちの会社に勤めてるんですけど、リモートワークなので住む場所関係なくて。

和則            りもーとわーく?

マサル         えーと・・。パソコンとインターネットがあれば、どこからでも仕事ができるかんじです。

和則            はあ~~~。ハイテクやね。

マサル        あはは。


3, 同じころ、東京。マサルの実家。

居間で電話をかける玉三郎。

玉三郎        もしもし。山田です。・・・その、娘さんとのお見合いの件なんですが・・・ええ、はい・・・はい・・・この度は、誠に申し訳ございませんでした。・・・はい・・・ごもっともでございます・・・はい・・・いえ、息子は、なにも・・・全て私の落ち度で・・・このお詫びは必ず・・・はい。ありがとうございます。失礼いたします。

真由美、お茶を持ってやってくる。
電話中の玉三郎に気づき、邪魔にならないよう静かにティーカップを置く。

真由美        あなた、大丈夫?

玉三郎        ああ。

真由美     マサル、元気に旅立っていったわ。

玉三郎        そうか・・・。何か言ってたか?

真由美       気になるなら、電話でもかけてみたら?

玉三郎        そういうんじゃない。ただ、あいつ昔はもっと素直だったのに、どうしてああも突っかかるようになったのか・・・何を考えてるのか良くわからん。

真由美        あなただけじゃないわ。でも、あなたはもっとマサルの話、聞いてあげた方がいいんじゃないかしら。

玉三郎        ・・・まぁ、考えておく。


4, マサル鹿児島空港、到着

鹿児島空港、出口付近。マサル、スマホを取り出し、電話をかける。

マサル        もしもし。コーポ セコンドの郡山さんですか? お世話になります、山田 将です。 今、鹿児島空港に着きました。はい、はい・・・あ、もう一人ですか?分かりました。はい、大丈夫です。ありがとうございます。

マサル、電話を切ってさっそうと歩く。すぐ後ろを和則がついていく。

マサル        あの。何でついてくるんですか?

和則            たまたまよ。おいもこっちに用があっと。

反対側から善十郎が歩いてくる。

善十郎       ああ~、マサルさん、ですけ?

マサル        善十郎さん、ですか?

善十郎        ですです。郡山 善十郎です。はじめまして。ほしたら、二人とも、行こうか。

マサル        はじめまして。山田です・・・って、え?

和則            おう!なんじゃ。迎えっち、こん兄さんじゃったんけ。

マサル        もしかしてさっき言ってたもう一人って・・・

善十郎        ええ。こん人ですが。まさか一緒き来るとは思わんかったどん。お知り合いね?

マサル        たまたまですよ。

和則            飛行機で隣同士やったと。

善十郎        ほ~。そげんことがあっとや。じゃあ、二人ともぼちぼち戻ろうかね。

マサル        はい。よろしくお願いします。

和則            おう!善十郎、頼んど。


5,マサルの住まい。コーポ セコンド

古いけど掃除の行き届いたアパート前。マサルと善十郎と和則が立っている。

マサル        わぁ、ここがコーポセコンドですか。何か、レトロでエモいですね。

善十郎        いや~、古かばっかいですよ。掃除の分は、きちっとしちょっとやっどん。

マサル        きれいにされてますもんね。

和則            善十郎は、まこてようこまめに掃除をしちょっでな。

善十郎        管理人やっでせんば。マサルさんみたいにわっか人も、来てくれんごとなっが。

マサル        あはは。そういえば、僕の父も同じようなこと言ってましたよ。家を綺麗にしてたら、人もお金も自然と入ってくる。そのかわり、掃除とかさぼってたら、何にも寄り付かない家になるって。

善十郎        そりゃ、しっかりした親父さんじゃね~。偉か、偉か。

マサル        そう、なんでしょうかね・・・。

和則            なんじゃ。おまえさんイイトコのボンボンか。

マサル        違います。

善十郎        のやっさん家は、汚いって書く方の「汚部屋」やっで。綺麗好きな人は皆ボンボンち言うとです。気にせんでください。

和則            せからしか!(善十郎を小突く)

マサル        仲いいんですね。

善十郎        まぁ、長い付き合いなんで。

和則            幼馴染じゃっど。

マサル        あの、お名前を聞いても?

和則            おお、名のっちょらんかったね。二宮和則。嵐のニノミヤ君と一字違いじゃが。のやっさんち呼んでな!

マサル        はい、よろしくお願いします。ニノ・・のやっさん。

善十郎        どら。のやっさん、ぼちぼち戻ろうか?マサルさんも長旅で疲れとっきゃるだろうし。

和則            ほうじゃね。おう、マサルさん。ゆっくり休んで!元気でな。

マサル        はい。メロンパンごちそうさまでした。のやっさんもお元気で。

善十郎        マサルさん、これ部屋の鍵です。二階の一番手前。201号室。手続きは明日しますが。今日はゆっくり休んでください。

マサル         わかりました。善十郎さん、今日はお迎えまで来てもらって、ありがとうございました。これからお世話になります。

善十郎        よかよか。こちらこそ、よろしく頼んます。

和則            マサルさん、またな。

マサル        ありがとうございます。じゃあ、また。

善十郎と和則が去る。一人残ったマサルのスマホが鳴る。

マサル        もしもし、母さん?・・・うん、着いたよ・・・そう・・・父さん、お見合い断ったんだ・・・わかった・・うん・・母さんも元気で・・・。

(暗転)


6, 和則とマサル

【移住 2日目】 マサルのアパート。マサルの部屋をノックする和則。

和則            マサルさん、おはようさん。 起きとるねー? 町を案内するち約束したから、来たよー。

マサル        のやっさん、おはようございます。早いですね・・・。

【移住 3日目】 マサルのアパート。マサルの部屋をノックする和則。

和則            マサルさん、おるねー? 温泉に行かんねー?

マサル        のやっさん、こんにちは。温泉あるんですか?いいですね。行きたいです。

【移住 4日目】 マサルのアパート。マサルの部屋をノックする和則。

和則            マサルー、おはようさん。 軽トラ借りてきたで、自転車買いに行っどー。

マサル        のやっさん、おはよう。めっちゃ助かります。ついでにタイヨー行きたいんだけど・・

【移住 7日目】 マサルのアパート。マサルの部屋のドアを開ける和則。

和則            マサル、居るねー。暇なら飯行こうやー。

マサル        のやっさん。いいけど。ノックしてノック。

マサルのスマホが鳴る。父、玉三郎からの着信。

マサル        あ・・・

和則            誰ね?

マサル        ・・・父さん・・・

しばらく画面を見つめていたが、スマホをポケットに突っ込む。

和則            出らんとけ?

マサル        うん。大丈夫。ご飯、どこいくの?

マサル、和則、部屋を出る。                  (暗転)


7, 居酒屋

マサル、のやっさん、居酒屋に入る。
ガヤガヤ賑やかな店内。店のカウンターから、元気な店主の声。
マサルと和則は、半個室みたいなところへ案内される。

店主            いらっしゃいませ、どうぞー。ああ~、のやっさん。よう来たね。奥の個室だよ。

個室は座敷席になっていて、ほろ酔い状態の善十郎と、ヨシエが座っている。

和則            おう、待ったや。

マサル        どうも、こんばんは。

ヨシエ        のやっさん、早かったねー。 こんばんは。あなたがマサルさんやね。

マサル、ヨシエに軽く会釈する。

善十郎        お~~、こんばんは~。悪かね、先に飲んどるよー。

マサル、のやっさん、座敷にあがる。マサルにメニューを渡すヨシエ。

ヨシエ        飲みもの選びんさい。

マサル        すいません。えと・・・

ヨシエ         はじめまして。若宮ヨシ江です。初対面やっとに、お呼ばれしちゃって、ごめんなさいね。

マサル        あ、いえ・・・。 ぼくは、

ヨシエ        知っとるよ。マサル君じゃろ? ゼンちゃんとこのアパートに住んどっとよね。

マサル        あ、はい。

善十郎        よっちゃんは、こう見えて、うちのグランドゴルフチームのエースじゃっど。マサルさんの移住祝いやっで、人が多かほうがよかかち思って連れてきた。

和則            マサル、飲み物は?

マサル        えーと、とりあえず生で。

和則            オーナー、生ふたつー! (大声で店主に)

ヨシエ        こら! アナタは飲んだらダメでしょうが。尿酸値、高くて止められてるって聞いたよ。

和則            げ。ないごて知っとっと?

ヨシエ        こん町で私が知らんことはなかよ。

マサル        へぇ・・・。

店主、注文をとりにカウンターから出てくる

店主            生ひとつでよかと? ノンアルもあるよ。

和則            あー・・・そしたらおいはノンアルで。・・・(小声) となりのばあさんがうるさかで。

ヨシエ        きこえとるよ。

店主            あはは。のやっさんには、キンキンのノンアル・ドライを持ってくるから、観念しゃん。

和則            よかで、はよ もどれ。

店主            おー、おとろしか、おとろしか~。(退場)

和則            ちぇ。

マサル        のやっさん、残念だったね(笑)

和則            ニヤニヤしとんな(マサルを軽く小突く)

善十郎        まぁまぁ。

店主            はい。おまちー。(カウンターから出てきて、飲み物をテーブルへ置く)

和則            おう。

マサル        ありがとうございます。

和則            どら。酒もまわったで、乾杯しようや。

善十郎   えー、マサルさん。移住七日目、おめでとう! ようこそ、伊佐へ! え~・・思えば・・

和則            ぜんじゅうろう。そげんたよかで。どら、カンパーイ!

マ・ヨ・善    カンパーイ!

ヨシエ        マサルさんは、なんで伊佐に?移住ってまた思い切ったね。

マサル        もともと、田んぼとか山とか見える静かな町で暮らしてみたくて。

ヨシエ        あらあ、じゃあ田舎暮らしっていうのにあこがれてって感じ?

マサル        ええ、まあ・・・。

ヨシエ        でも、そんな理由やったら、わざわざこんな遠くまで来なくても。奥多摩とかもっと近いとこがあるんじゃない?

マサル        できるだけ、遠いところが良くて。

ヨシエ        あら、なんで?

和則            よっちゃん。あんまマサルをいじめんでくいやんな。

ヨシエ        失礼ねぇ。いじめってなんね。

和則            尋問のごとなっとるよ。

善十郎       マサルさん。よっちゃんは、お喋りばあさんじゃから、真面目に相手しとったらキリがなかよ。そいよか、じゃんじゃん頼んでな。今日はおいたちのオゴリやっで。

マサル        はぁ、ありがとうございます。

ヨシエ        ちょっと、ゼンちゃんまで何ね。

善十郎       すまん、すまん。(笑)

和則            おうおう。善十郎、ずいぶん羽振りがよかが、先週、みっちゃんに「居酒屋行きすぎ!」っち、タンスのヘソクリ取られたばっかやろが。

善十郎   げ。ないごてしっちょっとよ。

和則、ちらっとヨシエをみてニヤニヤ。

善十郎        よっちゃん!

ヨシエ        ゼンちゃん、ごめんね。つい口がすべっちゃって。

マサル        なんかすみません。あの、おれも払いますんで。

ヨシエ        よかの、よかの。

善十郎        マサルさん、気にせんでジャンジャン飲んでくいやんな。

マサル        はい。ありがとうございます。

和則            よかど。いやー。おいも、ちっとどま飲みたかなぁ。

マサル        いやいや、ダメでしょう。痛風になるよ。

ヨシエ        そうそう。痛風、痛かっちよ~。

和則            ち。おいよっか、善十郎のほうが酒飲みやっとに。ないごて、こいつは引っかからんで、おいのほうが悪くなっとやろか。どうもおかしか。

ヨシエ        みっちゃんがちゃんと管理してくれてるから、大丈夫なんよ。 のやっさんも、さっさと結婚しとけば良かったのに。

マサル        みっちゃんて? あ、善十郎さんの奥さんですか?

ヨシエ        そうそう。しっかりしとる人でね。今日も、婦人会で行けんからって、私にゼンちゃんのお目つけ役を頼んでいっきゃったとよ。

マサル        はぁ・・。

ヨシエ        のやっさんにも、面倒みてくれる良か人が居ればねぇ。

善十郎        もう、こん年やっでな。なかなか難しかやろ。

和則            おいはよかとよ。今の暮らしが合っとっと。

ヨシエ        マサルさんは? そういう人おらんと?紹介しようか?

マサル        いえ、ぼくは。まだあんまり考えてなくて。

ヨシエ        あら、そうなの?

善十郎       マサルさん。結婚ちいうのは、早いうちにしといたほうがよかよー。 守るべき家庭があるち思うと、気も引き締まるっちもんよ。今の若か衆は、草食系ちゅうて、結婚せん人が多からしかけど。おいはやっぱり、男は家庭を築いてなんぼじゃち思う。

マサル        ・・・・そうでしょうか。 (父のことを思い出し、少しムッとする)あんまりそうは思えないです。

和則            こら。善十郎もよっちゃんも、マサルを困らせるんじゃなかど。まこて。酒が入ると、説教すっでいかんわい。マサル、気にせんでよかでな。だいたい、今は多様化の時代っちいうで。いろんな考えを持った衆がおるのが当たり前じゃっで。結婚すっともせんとも、本人の自由ち。マサルにはマサルなりの考えがあっとよ。 なぁ、マサル?

マサル        うん。ありがとう、のやっさん。

和則            おいも独身じゃっどん、善十郎よりかは、イカしちょると思うど。仕事もバリバリ。やっぱ、大事なんは滲みでる漢気っちことやな。

マサル        そうだ、そうだ!(ちょっと酔ってる)

善十郎        よう言うど。マサルさん、すまんやったな。歳をとるとどうもなぁ。

ヨシエ        わたしも、ごめんなさいね。大きなお世話やったね。でも、そういう人ができたら教えてね。わっか女子に人気の穴場スポット教えるから。

和則            そげんとこがあっとな?

善十郎       どこな、どこな。

ヨシエ        ちょっと、待っちゃん。アンタたちには、そげん珍しかとこじゃなかよ。曽木の滝よ。

和則            なんね。曽木の滝ね。

マサル        へぇ・・・滝ですか?

和則            東洋のナイアガラっち言うてな。ふっとか滝があっとよ。

マサル        えー、それは見たいです。

ヨシエ        ちょうど今は、竹の灯篭が出とるって聞いたよ。

和則            お。じゃったら今から観に行ってみっが。車は出すっで。

マサル        はい!

店主            やめとっきゃんせ。あのへんは、本当に出るってよ。

マサル        え?

善十郎        あー・・・鶴田ダムに行く途中やろ。

店主            そうそう。ちょっと前にね、若か衆が、夜中に鶴田ダムに肝試しに行ったらしか。そしたら、曽木の滝を通りすぎたあたりからヒヤッとしてきて、カーブをひとつ曲がるごとに、車の窓も心なしか曇ってきたんやって。夏場やっとによ?そいでね、ちょうど十三番目のカーブを曲る時、カーブミラーにね・・・写っとったらしかよ。白い女の影が・・・。

和則            おお。そりゃ、なおいってみらんなら。な、マサル?

マサル        え?・・・いや、それは・・・やめたほうがいいんじゃないかな。うん・・・

和則            なんね、ビビっちょっとね?

マサル        そうじゃないけど。

善十郎        マサルさん、意外とそういうの信じるタイプやったんやね。

和則            マサルはよかとこのボンボンやっでな。そういうのも素直に信じっと。

マサル        ちがうから。べつに。信じてなんか・・・いいですよ!そんな言うなら、行ってみましょうよ!望むところですから!

和則            おお、よう言うた!それでこそ漢じゃ。どら、さっそく行こか?

マサル        ええ? あ、いや、善十郎さんとヨシエさんも居るんだし。別に今じゃなくても・・・

ヨシエ        ああ、良いのよ。明日の店の準備があるから、そろそろお暇しようと思ってたの。

善十郎        おいも。はよ戻れっち言われとったで。ボチボチ帰らんと。二人で行ってこんね。

和則            なんね、マサル。やっぱりビビッとっとやろ?

マサル        違うから!ほら、さっさと 行くよ!

(暗転)


8,曽木の滝から鶴田ダムへ向かう夜道

運転している和則、助手席にマサルが乗っている。

マサル        すごく暗いんだけど。ここ曽木の滝なんだよね?竹灯籠も何にも見えない。

和則            夜やっで暗かとよ。また連れてきてやっで。灯篭はそんとき見れ。そいよっか、カーブミラーばよう見とけよ。

マサル        え、いやだよ! ねえ、このドドドドドッって滝の音?けっこう大きいんだけど。何も見えない・・・。

和則            おう。東洋のナイヤガラやからな。でかかよ。まぁ、また今度見れ。

マサル        なんだよそれ。ほんと適当だなー。

滝の音が次第に遠のき、グネグネした道を軽自動車の明かりを頼りに進んでいく。
前方にカーブミラーが現れるたびに、「マサルー! 見れー!」 と叫ぶ和則。
マサルは、決して見ない。
しばらくして、前方に白い服を着た女の歩く姿がみえる。

マサル        わ、わぁ! のやっさん。でた、本当にでた!

和則            ん? マサル、落ち着け。あれは幽霊じゃなか。

マサル        え? なに? どういうこと? まさか、知り合い?

和則            じゃっかよ。でも、幽霊でも無かち思うど。

マサル        え? そうなの?

和則            よく見れ。足があっどが?足があるのは幽霊じゃなか。

マサル        そんなばかな。

和則            べっぴんさんじゃなかけ?ちょっと声かけてみっが。

マサル        え、うそでしょ。・・・え? ちょっと、のやっさん!?

和則            (女性に)こんばんはー。お姉さん、こげん夜中にどげんしたん? あ、怪しい者じゃなかよ。

マサル        いや、自分から怪しくないっていう人、だいぶ怪しいよ。

玲子            こんばんは。ちょっとダムへ行きたくて・・・。

マサル        わぁ。こんな夜中にダムへ・・・(和則にコソッと)こっちもけっこう怪しいぞ・・・。

和則            お!一緒やね。一人じゃ危なかで、どうや、一緒に乗っていかんね?

玲子            え?

マサル        ええええ!?

玲子            でも・・・。(マサルのほうをチラっとみる)

和則            よかで、よかで。こげん夜中に女性ひとり歩かせやならんから。なあ、マサル?

マサル        え? あー・・・まぁ。それは、そう、だけど・・・

和則            ほら、乗いやん。乗いやん。

玲子            えと・・・じゃあ、お願いします。

玲子、後部座席へ乗り込む。

和則            よし。じゃあ、出発進行じゃねー。

マサル        ああ、もう。好きにして。

和則            おい、マサル。美人だからって、緊張すんなよ。

マサル        してないから。確かに、ドキドキはするけど。そういうのじゃない。

玲子            ふふふ。仲良いんですね。

マサル        え?あ、いや・・まぁ。

玲子            親子ですか?

マサル        まさか!

和則            ちごちご。ただの友だち。おいは「のやっさん」ち言うと。そいで、こっちは マサル。

マサル        どうも。

玲子            滝玲子です。

和則            玲子さん!よか匂いがするね!やぁ~、やっぱ女性が乗っとると車内が華やぐね。

マサル        のやっさん、それセクハラだから。

玲子            まぁ。ふふふ。

和則            じゃっどん、よう一人で歩いてきたね。ダムは車でも二十分くらいかかっとに。

玲子            あら。そんなにかかるんですか?

和則            知らんかったっけ。

マサル        鶴田ダムには、何しに行くんですか?

玲子            見たかったんです。私が最後を迎えた場所を・・・

マサル        え・・・?

玲子            冗談です。あなた、幽霊でも見てるみたいな顔してるから、つい。(マサルを見て、可笑しそうに笑う)

マサル        もう、そういうのやめてください。

和則            マサルはビビりなんで。勘弁してね。(ニヤニヤする)

マサル        のやっさん。うるさい。

玲子            ふふふ、ああ可笑しい。こんなに笑ったの久しぶり。

楽しそうな玲子の横顔に見惚れるマサル。胸元で揺れるペンダントに気づく。

マサル        そのペンダント、変わった石がついてますね。

玲子            ああ、これ。手作りなんです。石は、隕石の欠片だって。母からもらいました。

マサル        想い出の品なんですね。

玲子            おもいで・・・そうですね。

マサル        そういえば、うちの母も、パワーストーンだとか言って、何だかよく分からない石、集めてました。親父も一緒になって集めだしたから、家の中、変な宗教やってるみたいに、石まみれで・・・

玲子            まぁ。楽しそうなご両親ですね。

マサル        まぁ・・・・

和則            そういや、おまえ、あれから電話したんや?今日、かかってきてたの、親父さんじゃろ?

マサル        そうだけど・・・。今、あんまり話したくないんだ。

和則            なんでよ?

マサル        どうせ、喧嘩になるから。

和則            したっておまえ・・・

マサル        べつに、ずっとって訳じゃないし・・・

玲子            後悔しますよ。

マサル        玲子さん?

玲子            もし・・・明日、何かあって、二度と会えなくなったら?・・・マサルさん、後悔しませんか。

マサル        そんなおおげさな・・・

玲子            私は後悔しました。母とはいつか分かり合えればいい。そう思ってたのに、気づいたらもう・・・

和則            なんか知らんけど。おいも、話するなら早いうちが良かち思うぞ。まぁ・・おいは、昔っから親はおらんかったで、二人の気持ちは分からんどん。

マサル        のやっさん・・・。おれ、一週間前、ここにきたんです。来る前、親父と大喧嘩して。就職とか、結婚とか、いろいろ口うるさく言われて、我慢してたんですけど。勝手に見合いとか決めてくるから、つい頭きちゃって・・・。おれ、そんなに信用ないのかな・・って。

和則            親にとって、子供はいつまでも子供っち、感覚らしか。親父さんは、マサルが可愛くてたまらんとじゃろな。

マサル        げ・・三十過ぎてそれはキツイよ・・

玲子            ふふふ。マサルさん可愛い・・・

マサル        馬鹿にしてます?

和則            素直っちことじゃろ。

マサル        ぜったい馬鹿にしてる。のやっさん、ちょっと笑ってるでしょ!

頭を抱えるマサル。楽しそうに笑う和則と玲子。
ヘッドライトに照らされて、赤い橋が現れる。

和則            お、こん橋渡れば、鶴田ダムはすぐじゃが。

玲子            もうすぐ、お別れですね。ちょっと寂しい・・・

マサル        あの・・・玲子さん(マサル玲子を見つめる)その、玲子さんは、お付き合いされてる方とかは・・・

玲子            あ・・・ダム・・・

マサル        え?

水辺を隠していた草木が晴れて、目の前には大きなダムが現れる。
工場の明かりに照らされて、ランランと輝くダムに、圧倒されるマサル。

マサル        すごい・・・きれいだ・・・

和則            どら、着いたど。

車を停めて、降りるマサルと和則。

マサル        けっこう明るいですね。

和則            どうよ。すごかどが。

マサル        なんで、のやっさんがドヤ顔なんだよ。

マサル、いつまでも降りてこない玲子を不思議に思い、後部座席をのぞき込む。

マサル        玲子さん、着きましたよ。(後部座席を覗いたマサルはハッとする)

和則            マサル? ・・・・・・・・・・こいは・・・・(マサルの後ろから後部座席を覗いてハッとする)

そこに玲子の姿は無く、シートが少し濡れていた。         (暗転)


9, 翌朝。マサルの部屋。

ベットに寝ているマサル。電話の着信音で目を覚ます。

マサル        もしもし・・・

和則            マサル!起きたけ?昨日はわっぜかったな!大丈夫やったか? 金縛りとか、無かったや。おまえ、あの後すぐ気を失ってしもたで、連れて帰ったどん。心配したど。

マサル        やっぱり・・・あのさ、玲子さんて、もしかして・・・

和則            ああ。未練があったんじゃち思う。さっき、散歩中のよっちゃんに会ってよ。いろいろ聞いたわ。滝玲子さんち。昔、あそこで流された人の名前。余所から来たキレイか人でよっちゃんも、よう覚えとったって。

マサル        おれ、怖がっちゃって・・・悪いことしたかな?

和則            おいがけしかけたで悪かった。すまんかったな。

マサル        いや。楽しかったよ。玲子さん、ぜんぜん怖くなくて。笑顔が素敵で。会えてよかったと思う。連れってってくれてありがとう。

和則            そう言うとなら、よかった。どら。今から奉仕作業やっで、またな。マサル、余計な世話じゃっどん、親父さんのことちゃんせいよ。

マサル        わかってる。じゃ・・・

二人、電話を切る。マサル、スマホをしばらく見つめる。それから、ゆっくり画面に触れて電話をかける。

マサル        あ、もしもし・・・父さん? おはよう・・・その・・・今、時間あるかな?

(暗転)                 

おしまい